私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
「……そうね。ありがとう」

差し出されたオレンジジュースを受け取り、動揺を悟られないように私は微笑んだ。

「俺は寛大な婚約者だ。月一度しか会えなくても文句のひとつも言わない」

渋木の家に文句が言えないの間違いでしょうと思っていた。
父は音大の勉強が最優先だと言っている。
だから、それに笙司さんは逆らえないだけ。

「君の弟も知久君も変わっている。俺なら重役の椅子が約束されている自分の家の会社で働くな。そこが、世間知らずのお坊っちゃんと言われるところなんだろう」

「唯冬も知久さんも音楽の才能があるのよ。プロになって音楽で食べていくのは誰にでもできることじゃないわ」

私のことならなにを言ってもいいけれど、唯冬や知久のことまで悪く言われるのは我慢できなかった。
けれど、笙司さんに私の言葉を気にした様子はない。

「彼らが人気な理由は音楽だけじゃないだろう。外見もいい。毬衣さんが慌てる気持ちもわかる」

まだ機嫌の悪い毬衣さんを笙司さんは笑っていた。

「今や知久君は有名なバイオリニストというより、アイドルのようなものだからな」

ピアノの上に置いてある数冊の雑誌には知久の活躍が載っていた。
コンクールにソロコンサート、オーケストラとの共演まで。
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