私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
嫌がらせに行ってます、と言えない毬衣さんは言葉を濁した。
知久は笙司さんに女性がいるということを知っている。
だから、勘のいい知久は毬衣さんが私の店になにをしに行ったのか、言わなくても薄々気づいていると思う。

「お味はどうですか」

テーブルにやってきたのは白いコックコートを着た女性だった。

「どうだ。彼女が作る料理はうまいだろう?」

笙司さんはスーツ姿で、どこか誇らしげな顔をしていた。

「私は小百里の店より、美味しいと思ったわ」

私の店で食べたことがないのに毬衣さんはそう言った。
けれど、毬衣さんの皿の上にはまだパスタが残っていた。

「悪くないと思うよ」

にっこりと知久は微笑んだ。
その笑みは心からなのか、作り笑いなのか、誰にも判別がつかない。
けれど、知久の態度に笙司さんは気をよくしたようだった。

「陣川製薬のお坊っちゃんの口に合ったのなら、本物だな」

ふっと私を横目で見て笙司さんは笑っていた。
私の意見を聞く気はないようでなにも聞かなかった。
けれど、隣の彼女のほうはそうではなかった。

「失礼ですけど、お聞きしたいことがあるんです」

「私に?」

「はい」

彼女は私より年上のような気がしたけれど、丁寧な口調だった。
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