私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
29 変わり果てた姿
キッチンから穂風が出てくる音がして、振り返ると穂風が笑っていた、
「やっぱり泣いてた、ココアでも飲まない? 焼いたマシュマロ入りだよ」
落ち込んだときはココア。
学生の頃から、私と穂風の中ではそう決まっていた。
甘くて、温かくて、優しい味がするものを飲んで、二人でどんなカフェにしようかと、話すことが多かった。
そうすることで、私達の未来は暗いものではなく、優しいものだと思いたかったから。
「小百里のマシュマロは二個入れたよ」
穂風はカウンターテーブルにマシュマロ入りの温かいココアを置いてくれた。
「穂風……」
「毬衣に嫌がらせされても泣かなかった小百里を泣かすなんて、知久君は本当に悪い男だよね」
「知久が悪いわけじゃないわ」
座ると穂風はジンジャークッキーも出してくれた。
「わがままを言ってもいいと思うよ。じゅうぶん、小百里は我慢してきたよ」
「わがまま……」
「言ったことないんでしょ? 小百里はお利口さんだからね。でも、一生に一度くらい馬鹿になってもいいんじゃない? 渋木のお父さんにさ、自分の気持ちを伝えてみたら?」
「なんて言えばいいのか、わからないの」
渋木の家に引き取られてから、自分の気持ちを口にしたことがない。
言葉にしたところで、私の思いが通ることはなかったから、ずっと諦めてきた。
「簡単だよ。知久君が好きだから笙司さんとは結婚しませんって言えばいい」
「そんなこと言ったら、大変なことになるわ」