私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
もし、全てが駄目だったとしても私にはカフェ『音の葉』がある。
今日は休日で父がいるかどうかわからないけど、今という勢いがないと自分の気持ちを伝えることができないような気がした。
私はタクシーに乗り、渋木家本邸へと向かった。
渋木家は歴史ある家で、高級住宅地の中でも大きく、一際目立つ存在感を放っている。
私が初めて渋木家に連れられて、やってきた日、あまりの大きさに驚いてなにも言えなくなったのを覚えている。
その渋木家本邸の前に着くと、そこには先客らしき車がとまっていた。
見たことのない車だったけれど、女性の車らしく、車の中には女性もののスプリングコートやバッグが置いてあった。

「あら、小百里さんじゃなくて?」

私に気づいたのは清加(きよか)さんだった。
ちょうど客間にあたる部屋の窓を開けたところだった。
私を見つけると一瞬、戸惑いの表情を浮かべ、困ったような顔をした。

「うん? 小百里が来たのか。ちょうどいい。こちらへきなさい」

父が窓から顔を覗かせた。
私が父に話をするつもりだったのに父の顔の表情は険しく、なにかあったのだと察した。
玄関を入ると、一番下の弟の柊冴(しゅうご)がいて、私が来たことがわかったのか、階下に降りて来た。

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