私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
もう邪魔者は入らないと思っていたのか、知久は私のスマホまでは電源を切らなかったらしい。

「お店からだわ。今日は私、お休みをもらっていたんだけど、なにかあったのかしら」

「休みなら任せておけば……」

にこっと笑った知久を無視して、スマホを手に取る。

「俺にこんな仕打ちをするのは小百里だけだよ……」

「もしもし? 穂風(ほのか)?」

『ああ、ごめん。小百里。実は今、店に毬衣(まりえ)が来ていて小百里を出せって騒いでいるんだよ』

「毬衣さんが!?」

『毬衣一人なら私も追い返せるけど、母親と一緒に来ている』

母親―――つまり章江(あきえ)さんもいる。
知久が私のスマホを奪って穂風に言った。

「わかったよ。二人には俺も一緒に行くって伝えておいてくれる? 少しはおとなしくなるはずだからさ」

『知久君!?』

スマホを切ると、知久は髪をゴムでまとめた。
その顔は険しい。

「小百里に文句を言うか、嫌がらせをするかのどちらかだろうな。俺だけで行ってもいい」

「だめよ」

「小百里」

「知久が地獄に落ちるというのなら、私も一緒に行くわ」

『知久はメフィストフェレスね』
『あの世でお前は私のものとなる?』
『俺はもっと貪欲だよ』

そんな懐かしい会話を思い出して、笑ってしまった。
笑った私を不思議そうに知久は見る。
死んだ後も私はあなたのものなのだから、ずっと一緒なら行く場所も同じ。

「大丈夫よ、知久。私はもうあの日の私じゃないのよ」

まだ知久の中での私は青ざめて座る少女のままだったのかもしれない。
もう私の代わりに怒らなくていいのよ。
それを伝えたくて、私から知久にキスをした。
優しい知久に。
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