私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
面倒見のいい唯冬は逢生君を一人にしておけなかったのだろうけど、これは好都合。
にっこりと私は微笑んだ。

「今日のディナーセットはタダでいいわよ。その代わり、順番に演奏していってね」

「姉さん……」

「チーズケーキもつけるよ」

「穂風さんのケーキ、美味しいんですよね」

千愛ちゃんがきらきらした目で穂風を見つめる。
それを見た唯冬はあっさり承諾した。

「わかった。弾こう」

我が弟ながら、奥さんになんて弱いの。

「夕飯を食べさせてくれるなら、なんでもいい」

逢生君は生活力の問題で知久の方は―――

「もちろん。俺は愛を語るように弾くよ」

小百里のためにねと、ウインク付き。
変わらない三人に思わず笑ってしまった。
三人が弾く曲はアヴェマリア。
この曲だけは外さない。
まったく性格も好みも違う三人なのに演奏だけはきちんと揃う。
お互いの癖がわかっているからか、重なる音が心地よい。
三人が弾くアヴェマリアは夕闇の中に響き、足を止めた。疲れた人々に一時の安らぎと休息を与える。
美しい音色の中、キャンドルに灯をともしていく。
曲が終わる頃、足を止めて聴きいっていた新しいお客様が店内に入って来る。
店のドアが開いて振り返った。

「いらっしゃいませ」

< 171 / 172 >

この作品をシェア

pagetop