私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
キスをされるのではというくらい顔を近づけられ、嫌悪感を感じたけれど、それでも私は動じず、彼の目を真っ直ぐに見る。

「お金で私を買ったから好きにしてもいいとでも? それを父が聞いたら、驚くでしょうね」

笙司さんの冷たい目が揺らいだ。
プライドが高い彼にとって、私にこの話を聞かせたことは自分にとって失敗だったと思ったに違いない。
自分の魅力ではなく、お金で婚約者を買ったと言いふらされて恥ずかしい思いをするのは笙司さんのほうだった。
手の力が緩んだのがわかった。

「クロークにコートを取りに行ってもいいかしら?」

「ああ……」

私の冷静な態度に笙司さんは諦めて手を離した。
あなたの私への気持ちはその程度でしょうね。
常識や正論や世間体を突きつけられたのなら、簡単に手を離してしまえる存在―――でも、彼は違う。
レストラン前の通路を歩き、あと少しでコートを預けてあるカウンター前というところに彼はいた。
目の前に現れた知久は少し苛立った目をして、私を見ていたけど、微笑みを崩していない。
その目にぞくりとした。
知久の嫉妬にまみれた目を見ることができるのはきっと私だけ。
けれど、その目が一番魅力的だということを彼は知っているのかしら。

「あのまま、私がキスされると思った?」

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