私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
9 言葉を殺して
「小百里は悪魔っていうより小悪魔だよね」
私を抱き締めて、そう言ったのは知久だった。
知久がホテルのスイートルームを予約してあったことを考えると、すべて彼の罠だったのだ。
自分が演奏するディナーの招待券を毬衣さんから笙司さんに渡すよう仕向け、私と二人で来るようにさせた。
全部、知久の思うがまま。
私は彼の手の中にいる?
いつまで、こうしていられるのだろう。
いつか、離れなくてはいけないのに。
「誰が小悪魔よ。失礼ね」
ただ、それは今じゃない。
「じゃあ、俺の恋人」
知久は笑って、私の髪にキスを落とす。
「小百里。雪が降ったら、もう一泊しようか?」
私の長い髪に顔を埋める知久が窓に映っている。
天気予報は雨で雪は降らない。
わかっていて、知久は言っている。
「晴れると思うわ」
だから、私もわかっていて、嘘をつく。
ホテルの窓の外は冬の冷たい雨が降り、強い風が吹いているのか背の高い黒い木が揺れて見えた。
「そこは雨でも晴れでも、俺と一緒にいたいって言ってくれないと」
「言わないわよ。だいたい話をするだけって言ったから私はここまで来たのよ? どうして泊まることになっているの?」
「小百里。わかってるのに理由を聞く意味ある?」
髪にキスをして、私の目を覗き込んだ。
知久はバイオリンの音が無くても、私の心を奪えることを知っている。
無意味な駆け引きにため息をついた。