私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
「やっと留学から帰って来たのに冷たすぎるよ。小百里は今の今まで二人で会ってくれなかったから、これは仕返し」

言い終わると、知久はまた私に水を飲ませた。
さっきとは違う深いキスにもがく手を知久が掴む。
その手は大きくて熱い。

「知久……っ……」

言葉を紡ぐ暇もないくらいの激しいキス。
髪にふれ、頬にふれ、落とされるキスは全部私の思考を埋め尽くし、その私に触れる唇だけを感じさせる。
水が口の端からこぼれて舌で舐めとり、水を追って首から鎖骨まで舌を這わせた。
触れる舌が熱い。
水の冷たさと舌の温度差が私の頭をおかしくさせ、ギリギリのところで知久の体を強く押した。

「やめてっ……! なにしてるの。水を飲むのは私じゃないでしょ」

「小百里がキスしたいって顔をしてたからだよ」

「そんな顔、してないわよ!」

「してたね。なんなら、その先も続けてあげてもいいけど?」

「もう帰るわ……!」

私が投げつけたクッションを知久は軽々と受け止めた。

「今のは冗談。小百里。本当になにもしないから朝までそばにいてくれる?」

どこまで本気でどこまで冗談なのかわからない。
けれど―――

「俺は小百里が好きだよ。小百里は?」

笑って言ってくれればよかった。
そしたら、冗談で終わらせることができるのに。
渋木の家も陣川の家も敵に回してしまえば、音楽をやめることになる。
今まで私を拠り所となって救ってくれたあなたのバイオリン。
私は知久の音だけは守りたい。
たとえ、自分を犠牲にしても。
四年間離れて過ごし、彼の活躍を耳にした私が四年の間で出した答えはそれだった。

「……言えないわ」

「それ、言ってるのと同じだよ」

お互いが微笑まずに言った言葉は本心だった。
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