私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】

10 独占欲という名の鎖

朝、雨が降っている気配がした。
わずかなカーテンの隙間から朝日が射し込み、カーペットに光の線を描く。
お互いの肌が温かく、また眠ってしまいそうだった。
私の体を抱きしめ、指を絡ませたまま、知久は眠っていた。
ずっと彼は私を離さない。
以前よりもがっしりとした手だと思うのは私の気のせいだろうか。
手は大きかったけど、こんなに強い手をしていなかったような気がする。
男の人の手だと思った。
目を閉じて眠っていても華やかな顔立ちや色気は隠せない。
もっと顔をしっかり見たくて前髪を指であげると、わずかに目蓋が動いた。

「ん……小百里?」

慌てて触れていた指を離した。

「知久。お昼になるわよ。仕事は入ってないの?」

私が先に起き上がろうとすると、知久は腕をつかんでベッドに引き戻して唇を塞ぐ。

「……っ、もうやめて。ふざけないで」

「ふざけてない。俺は今日、オフ。小百里。時間ギリギリまで、俺のそばにいたら?」

「だめ。帰るわ。本当なら、私は昨晩、タクシーで帰っていたことになっているのよ。いなかったら、おかしく思われるでしょ」

「俺と一緒にいたって言えばいい」

昨日、何度も触れた体に飽きもせず、知久は耳朶を甘く噛み、首筋に唇を触れさせた。
彼がつけた赤い痕がまだ体に残っている。
それなのにまた、胸元に自分の印をつけて笑う。
知久はわざと肌を晒してお互いの肌が触れるように上半身を脱ぎ、私を下着姿にさせた。
煽って、理性を崩させて、堕とす。
罪をそそのかす悪魔のよう。

「知久はメフィストフェレスね」

「あの世でお前は私のものとなる?」

グノーの歌劇ファウストの一節を知久は口にする。

「残念。俺はもっと貪欲だ」

そう言ってキスしようとした唇を手で受け止めた。
これ以上、踏み込ませてはいけない。

「知久」

鋭く名前を呼ぶと、私を掴む手の力が緩んだ。

「帰るわ」

「……わかった」

おとなしく手を離すのかと思えば、私の手にキスをして耳元に唇を寄せ、低い声で言った。

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