私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
「俺が彼女に酷いことをするわけがないだろう?」

「アパートだけじゃなく、就職先まで渋木の息がかかった会社にしていないと言うのなら、その言葉を信じるわ」

無言だった。
唯冬が、私から目を逸らしたのを見逃さなかった。

「唯冬! やましいことがないなら、私の目を見なさいよっ!」

「やましい気持ちはない。むしろ彼女を守っているだけだ」

「守っているって……なにから?」

「彼女が生活に困ってないか、苦しんでないか見守っている。大学も学費のみで両親とは連絡をとっていない。そんな彼女を放って置けるわけないだろう?」

「……そう」

千愛さんは天才ピアニストと呼ばれ、昔から期待もすごかった。
ピアニストにしたかった両親の期待を裏切ったせいで、家族とは不仲になっていると噂で聞いていた。
もう、深く聞かないでおこうと決めた。
どうせ、聞いたところで、唯冬のとんでもない本性が見えてくるだけなのだから。

「姉さんは俺の恋に協力したほうがいい。自分のためにも」

「私のためにも?」

「姉さんには幸せになって欲しいと思っているよ」

優しい唯冬。
渋木の家で私をかばってくれていたのは唯冬と柊冴(しゅうご)で、母が違うとはいえ、弟達は私に親切で嫌な思いをしたことはなかった。
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