私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
それは『まだ若いな』と言うように嘲笑混じりの笑い声で、気分のいいものではなかった。
知久は気づいているはずのなのに変わらぬ笑みを浮かべ、周りの女性ファンに手を振っている。

「知久君、今は君もそう思っていても結局、君も唯冬君も婚約者と結婚するだろう。世間の常識は君の考えとは違う。婚約は契約と同じだ。簡単に契約を破ることは許されない」

笙司さんはコンコンッと指でテーブルを叩いた。

「君も陣川製薬のお坊ちゃんだ。家と家の決め事は絶対だとわかっているだろう?」

叩かれた指の音。
それは彼の苛立ちを表しているかのようだった。

「ほら、見たまえ。知久君。君の婚約者が怖い顔をしている。ちゃんと相手をしないと後々、自分が困ることになるぞ」

知久の婚約者の毬衣(まりえ)さんはこちらを見て不機嫌そうにしていた。
ふんぞり返って足を組み、知久と話す私をにらみつけている。
仕事とはいえ、婚約者である自分を差し置いて、他の女性と話すなんて面白くないに決まっている。
それだけじゃない。
毬衣さんは私を憎んでいる。
昔から―――

< 6 / 172 >

この作品をシェア

pagetop