私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
絶対に逃がしてもらえない。
唯冬の顔を見て、ため息をついた。
「小百里さんは俺達を誤解してるよ。ただ好きな相手に尽くしたいだけだよ」
知久は微笑みながら、バイオリンケースからバイオリンを取り出し、愛しい恋人にするかのようにキスをする。
私に嫉妬させたくて、こっちをジッと見詰めながら、バイオリンにキスしたけれど、色気が無駄に放出されて、私の頬をひきつらせただけで終わった。
「女神様からの祝福を頂きたいな」
調子に乗った知久が、私に手を差し出したところで、いい加減にしなさいよと、にっこり微笑んだ。
レジの横にあったキャンディをのせる。
「はい、どうぞ」
「子供扱い? 他の女性なら、喜んで俺の手に触れてキスをするのに」
知久は目を細めて、私を誘惑する。
けれど、私は微笑みを崩さない。
「知久さん。お客様がお待ちよ」
いつ、彼らが演奏を始めるのかと、テラス席からフロア席まで客席に座るお客様達が待っていた。
そんな視線の中で、よくキスをねだれるものよ。
「しっかり演奏していってね」
「女神様がおっしゃるとおりに」
ひらひらと知久は私に手を振った。
私は忙しくて、演奏を聴く暇なんてない―――そう思っていたけれど、そんなことはなかった。