私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
かなりお金を積んだらしいとも。
指が頬をなぞる。

「ねえ、知久さん。ここに二人でいる?」

俺に精一杯の誘惑をしてくる。
情熱的だとは思う。
婚約は高窪の家からしつこく頼まれて、根負けした両親が『婚約させてもいいが、将来、毬衣さんと結婚したいと、知久が言ったら結婚をさせる』というのを条件とした。
俺の親は子供思いというよりは腹黒だ。
今、俺に必要なのは枷で将来、高窪物産の経営次第では婚約を陣川側から、いつでも解消できるようにしたのだから。

「カルメンを聴いていたの?」

「聴いてたというより、たまたまつけたらカルメンだった」

オーディオプレーヤーの電源を切った。

「消さないほうがよかったのに」

毬衣さんは俺の体に腕を絡ませ、ソファーに押し倒す。
高校生にしては、きつい香水の香りと濃い化粧。
長い髪が俺の顔にかかった。
恋をして心を震わせるということが、どういうことなのか、きっと俺はわかっていない。
毬衣さんは果敢にも、そんな俺を誘惑する。
笑いながら俺は彼女に顔を近づけて、耳元で囁いた。

「もっと俺を本気にさせてくれないと。そうじゃなきゃ、俺は君の手の中にとどまれない」

消したはずのカルメンが俺の頭の中で歌っている。

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