私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
彼女と初めて会った時、俺は彼女のことを可哀想だと思って近づいた。
母親に捨てられ、父に引き取られ、親戚には白い目で見られている姿は痛々しく、青白い顔で椅子に座っていた彼女は儚げで、渋木の家で暮らしていけるのだろうかと心配していた。
けど、今の彼女は違う。
同情をした自分が馬鹿だと思えるくらい彼女は―――

「マリア様みたいだ」

演奏が止み、栗色の瞳が俺を見た。
なんとなく気まずくて、いつもより下手くそな笑いを浮かべた。

「えーと、渋木の家には慣れた?」

「ええ。おかげさまで」

「四月から俺も同じ高校に通ってるけど、全然会わないね。もしかして俺のことを避けてた?」

「避けなければならないほど、会う機会はないわ。学科も学年も違うでしょう?」

「そうだね」

彼女の前だと、俺はいつもの調子で話せなかった。
さっきまで、あんなに俺が優勢だったのに。
これじゃ、まるで小学生だ。

「アヴェマリア、とてもよかったよ。小百里(さゆり)さんはコンクールに出場してないみたいだけど、どうして? 今年は出る?」

「出ないわよ。私がコンクールに出場することはないわ。清加(きよか)さんも章江(あきえ)さんも嫌がるから」

それを聞いて、彼女の事情を理解した。
< 76 / 172 >

この作品をシェア

pagetop