野いちご源氏物語 三〇 藤袴(ふじばかま)
本当はそんなご伝言は預かっていらっしゃらない。
それらしいことを若君(わかぎみ)は丁寧にお話しになる。
(みかど)はあなたをただの女官(にょかん)にはしておかれないほど期待なさっていますから、あなたもそのおつもりで」
というような、まことしやかなご伝言をこしらえておっしゃる。

姫君(ひめぎみ)としてはお返事ができるような内容でもないから、そっとため息をおつきになる。
お美しく親しみやすさもあって、若君はやはり我慢がおできにならない。
「まもなく祖母君(そぼぎみ)()が明けますね。河原(かわら)でお(きよ)めの儀式(ぎしき)をなさるときには、私もお(とも)いたします」
「ありがたいお申し出でございますが、それではおおげさになってしまいますから、私だけで目立たないように行おうと存じます」
源氏(げんじ)(きみ)のお考えに従って、ご自分が大宮(おおみや)様の親族、つまり内大臣(ないだいじん)様の娘であることはまだ世間に知らせまいと()(づか)っていらっしゃるのね。

「そうやって秘密を守って、姉君(あねぎみ)のふりをなさったままなのがつらいのに」
姫君に届かないくらいの小声でつぶやかれる。
それからしんみりとおっしゃった。
「いよいよ祖母君が遠くなっておしまいのようで、喪服(もふく)を脱ぐのは悲しゅうございます。それにしても、あなたがこのお屋敷にいらっしゃるうちは本当の姉君のような気がいたしますね。喪服をお召しでなかったら、従姉(いとこ)とは思えないほどです」
血縁(けつえん)ですとか難しいことは私にはよく分かりませんが、喪服の色とはふしぎに悲しくなるものでございます」
いつもより静かにお話しになる姫君は上品でおかわいらしい。

このような機会を予想なさっていたのか、若君は藤袴(ふじばかま)を持ってお越しになっている。
それをついたての下から差し出された。
「花の色が喪服の色に少し似ておりましょう」
お置きにならないので、姫君はお手を伸ばして受け取ろうとなさる。
そのお(そで)を若君はお()らえになった。

「同じ祖母君を恋しく思う従姉弟(いとこ)同士ですね。姉弟ではないのだから、もっとお近くで、深く親しくさせていただいても問題ないはずです」
姫君ははっとなさるけれど、気づかないふりをしてお離れになる。
「藤袴を口実(こうじつ)に近づいていらっしゃいましても、こうして直接お話し申し上げる以上に深く親しい関係はないように存じます」

若君は少し微笑(ほほえ)まれる。
「私の思いの深さはお分かりだと思っておりました。恐れ多くも(みや)(づか)えに上がられる方と知りながら、私は恋心が抑えられないのです。この思いをどうしたらお分かりいただけるでしょう。はっきりとお伝えすれば嫌われてしまうだろうとこれまで我慢しておりましたが、もうどうなってもよいから伝えたくなってしまった。
内大臣(ないだいじん)様のご長男があなたに恋をして苦しんでいるのを他人(ひと)(ごと)として見ていました。自分がその立場になってはじめて、心がどれほどざわつくものか思い知ったのです。今、あの人は幸せそうですよ。姉と弟の(えん)生涯(しょうがい)切れませんからね。ある意味では最高のつながりだと思って満足しているらしいのです。それを見るたびに私はうらやましくてねたましい。こんな私にせめて同情だけはしてくださいますか」

まだくどくどとお話しになったけれど、申し訳ないからこのへんにしておくわ。
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