野いちご源氏物語 三〇 藤袴(ふじばかま)
源氏の君は若君にいきさつをお話しになる。
「はじめは宮仕えをしぶっていらっしゃったのだ。兵部卿の宮様のような風流人が、やさしい言葉を尽くしてお口説きになったから、それにお心が傾いたのだろうね。しかし、行幸のお行列で帝のお姿を拝見してお考えが変わったらしい。風格のあるご立派な帝だから、若い女性なら誰でも宮仕えしたくなって当然だろう。そういうわけで、あの姫君を尚侍にすることにしたのだよ」
「さようでございましたか。しかし、さしあたり尚侍としてお上がりになって、そのあとはどうなっていかれるのでしょう。内裏にはまず中宮様が別格の存在としていらっしゃいますし、弘徽殿の女御様も大切にされていらっしゃいます。帝が尚侍様を深くお愛しになったとしても、このおふたりに並ぶことは難しいでしょう。
それに、熱心に求婚しておられた兵部卿の宮様のことも気がかりです。お妃様としての宮仕えではないにしても、やはりよい気分はなさらないのではと存じます。父君ととりわけ仲のよい親王様でいらっしゃいますから、お気の毒すぎるような気もいたします」
大人びたご意見を若君はおっしゃった。
「難しいところだ。帝のお気持ちや内大臣の考えもあって、私ひとりで決められることではない。それなのに右大将まで私を恨んでいるというからまいってしまう。そもそも姫君の母親が亡くなるとき、内大臣は頼りにならないからと私に娘を頼んでいったのだ。それにうっかり同情してしまったために、このように人の恨みを買って世間体の悪いことになった。私が世話をしているというので内大臣も人並みに扱うようになったが、もっと早くそうしてくれていたら、私はかかわらずにいられただろうに」
しぶしぶ世話をしていただけだ、と匂わせてご自分の下心をお隠しになる。
「姫君のお人柄を考えれば、やはり兵部卿の宮様の後妻になられるのがふさわしいだろうね。現代的な華やかさがあって賢い人だから、立派にご正妻の務めを果たすはずだ。お似合いのご夫婦になられるだろう。しかし宮仕えにも向いている。おっとりとした美人だが、尚侍のお役目をきちんと理解しているし、頭の回転も速い。帝のご希望どおりの人だよ」
姫君に執着心はないようにお話しになる源氏の君を、若君は怪しんでいらっしゃる。
「ご同情から来る父君のおやさしさを、世間はそのとおりには受け取っていないようです。つまり、父君は尚侍様を恋人にしておられるのではないかと。内大臣様までそのようにお思いらしゅうございます。右大将様がご結婚のお許しを求められたとき、内大臣様は父君のことをほのめかしておかわしになったとか」
源氏の君は笑ってお答えになる。
「誰もかれも勘違いしている。宮仕えにしても結婚にしても、独身の女性はまず父親に従うべきだ。それを無視して私が決めるなどあるはずがない」
「内大臣様は父君がうまくお決めになったと思っておられます。『さすがに六条の院の立派な女君たちと同列には扱えないから、尚侍にして一旦手放した上で、里下がりなどの折にこっそりかわいがりつづけなさるおつもりだろう。賢いことを思いつかれたものだ』と楽しげにおっしゃっていた、と人から聞きました」
あまりに生真面目に問いただされるので、
<たしかにそう思われても仕方がないが、しかしそれでは姫君が気の毒だ。軽率な女だと決めつけられているようなものではないか>
と源氏の君は同情なさる。
「内大臣はとんでもないことをお考えになるのだね。何事も裏があるのではと疑われる方だからな。そんなに心配なさらなくても、姫君のご将来は今に自然と決まっていって、私の潔白も証明されるだろう。まったくあの方ときたら」
動揺は隠して、いかにも誠実そうにおっしゃった。
はっきり否定なさったけれど、若君は内心でまだ疑っておられるわね。
源氏の君の動揺は収まらない。
<内大臣の予想どおりにしてしまうのは悔しい。姫君と私は本当に清い関係なのだから、どうにかしてそれを内大臣に知らせたいものだ。しかし内大臣の勘は恐ろしいな。すっかり見抜かれている>
思わずぞっとなさる。
「はじめは宮仕えをしぶっていらっしゃったのだ。兵部卿の宮様のような風流人が、やさしい言葉を尽くしてお口説きになったから、それにお心が傾いたのだろうね。しかし、行幸のお行列で帝のお姿を拝見してお考えが変わったらしい。風格のあるご立派な帝だから、若い女性なら誰でも宮仕えしたくなって当然だろう。そういうわけで、あの姫君を尚侍にすることにしたのだよ」
「さようでございましたか。しかし、さしあたり尚侍としてお上がりになって、そのあとはどうなっていかれるのでしょう。内裏にはまず中宮様が別格の存在としていらっしゃいますし、弘徽殿の女御様も大切にされていらっしゃいます。帝が尚侍様を深くお愛しになったとしても、このおふたりに並ぶことは難しいでしょう。
それに、熱心に求婚しておられた兵部卿の宮様のことも気がかりです。お妃様としての宮仕えではないにしても、やはりよい気分はなさらないのではと存じます。父君ととりわけ仲のよい親王様でいらっしゃいますから、お気の毒すぎるような気もいたします」
大人びたご意見を若君はおっしゃった。
「難しいところだ。帝のお気持ちや内大臣の考えもあって、私ひとりで決められることではない。それなのに右大将まで私を恨んでいるというからまいってしまう。そもそも姫君の母親が亡くなるとき、内大臣は頼りにならないからと私に娘を頼んでいったのだ。それにうっかり同情してしまったために、このように人の恨みを買って世間体の悪いことになった。私が世話をしているというので内大臣も人並みに扱うようになったが、もっと早くそうしてくれていたら、私はかかわらずにいられただろうに」
しぶしぶ世話をしていただけだ、と匂わせてご自分の下心をお隠しになる。
「姫君のお人柄を考えれば、やはり兵部卿の宮様の後妻になられるのがふさわしいだろうね。現代的な華やかさがあって賢い人だから、立派にご正妻の務めを果たすはずだ。お似合いのご夫婦になられるだろう。しかし宮仕えにも向いている。おっとりとした美人だが、尚侍のお役目をきちんと理解しているし、頭の回転も速い。帝のご希望どおりの人だよ」
姫君に執着心はないようにお話しになる源氏の君を、若君は怪しんでいらっしゃる。
「ご同情から来る父君のおやさしさを、世間はそのとおりには受け取っていないようです。つまり、父君は尚侍様を恋人にしておられるのではないかと。内大臣様までそのようにお思いらしゅうございます。右大将様がご結婚のお許しを求められたとき、内大臣様は父君のことをほのめかしておかわしになったとか」
源氏の君は笑ってお答えになる。
「誰もかれも勘違いしている。宮仕えにしても結婚にしても、独身の女性はまず父親に従うべきだ。それを無視して私が決めるなどあるはずがない」
「内大臣様は父君がうまくお決めになったと思っておられます。『さすがに六条の院の立派な女君たちと同列には扱えないから、尚侍にして一旦手放した上で、里下がりなどの折にこっそりかわいがりつづけなさるおつもりだろう。賢いことを思いつかれたものだ』と楽しげにおっしゃっていた、と人から聞きました」
あまりに生真面目に問いただされるので、
<たしかにそう思われても仕方がないが、しかしそれでは姫君が気の毒だ。軽率な女だと決めつけられているようなものではないか>
と源氏の君は同情なさる。
「内大臣はとんでもないことをお考えになるのだね。何事も裏があるのではと疑われる方だからな。そんなに心配なさらなくても、姫君のご将来は今に自然と決まっていって、私の潔白も証明されるだろう。まったくあの方ときたら」
動揺は隠して、いかにも誠実そうにおっしゃった。
はっきり否定なさったけれど、若君は内心でまだ疑っておられるわね。
源氏の君の動揺は収まらない。
<内大臣の予想どおりにしてしまうのは悔しい。姫君と私は本当に清い関係なのだから、どうにかしてそれを内大臣に知らせたいものだ。しかし内大臣の勘は恐ろしいな。すっかり見抜かれている>
思わずぞっとなさる。