全部、俺のものになるまで
相馬課長が、廊下の奥から戻ってきた。

その姿を見た瞬間、張りつめていたものがふっと緩んで、私はようやく息をついた。

「ありがとうございます……」

深く頭を下げる。震える声で、それだけを伝えた。

課長は溜め息まじりに肩をすくめて言った。

「やれやれ。綺麗な子っていうのは、厄介だな。」

「……えっ?」

綺麗な子? それって……私のこと?

心臓が一瞬だけ、跳ねる。

「君、彼氏は?」

「……いえ、いません。」

本当に、ずっといなかった。

「だからストーカーも調子に乗るんだ。」

そんな風に言われても、いないものはいない。

困ったように口を噤んでいると──

「どうだ? 俺が……恋人のふりをしてやろうか。」

さらりと投げかけられた言葉に、思考が止まる。

え? 今、なんて?

一瞬だけ、迷った。

でも、あの怖さをもう一度味わうくらいなら。

「……はい。お願いします」

そう答えたとき、自分でも気づいていた。

これは“ふり”のはずなのに──

胸の奥が、ほんの少しだけ、熱を持っていた。
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