全部、俺のものになるまで
相馬課長は、35歳。私より8歳年上。

社内では冷静沈着で、誰からも頼られる上司だ。

だからこそ、私もあの事件のあと……少しずつ、安心できるようになっていた。

「これ、お礼にどうかな……」

感謝の気持ちを込めて、手作りのクッキーを作った。

もちろん、恋人じゃない。“ふり”の関係。

でも、何か渡したくなった。それだけ。

渡すタイミングを見計らっていたそのとき、課長が廊下に出ていくのが見えた。

チャンスだ、と思って駆け寄ろうとした──その瞬間。

「相馬課長。」

先に声をかけたのは、社内でも評判の美人社員だった。

彼女は、私とは違って自信に満ちた笑顔で課長に話しかける。

課長も、ごく自然に応じていた。

笑顔。楽しそうな会話。距離の近さ。

……ああ、そうか。

課長は、誰にでも優しいんだ。

私にだけ特別だったわけじゃない。

胸がチクリと痛んだ。

それが何の感情なのか、わかりたくなかった。

私は黙って、クッキーの袋を課長のデスクの上に置いた。

名前も、メモも、何も添えなかった。
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