全部、俺のものになるまで
そんな時だった。

隣の給湯室から、女子社員たちの声が聞こえてきた。

「ねえ、相馬課長って、結婚してるのかな?」

「してないって。独身らしいよ。素敵よね~、あの落ち着いた感じ。」

そうか……やっぱり誰でも一度は考えるよね。

あれだけ仕事ができて、容姿も整ってて、冷静で頼れる人。

私だって、惹かれて当然だもの。

「でもさ、お持ち帰りしてるって噂、聞いたことある。」

「……えっ、そうなの? 彼女いるんだ?」

「うーん、それがね。いないっぽいんだよね。」

「だから遊びなのかなって。……そういう人、いるじゃん?」

その言葉で、手が止まった。

──遊び?

課長が?

私を“彼女のふり”として抱いた夜のことが、ふいに脳裏をよぎる。

あれはただの気まぐれ?

私も……噂の“お持ち帰り”の一人なの?

指先が震えて、紙をめくる手がかすかに滲んで見えた。

ふり。

遊び人。

つながったような気がして、胸がチクリと痛んだ。

──聞けばよかった。

あの夜、どういう気持ちで抱いたのか。

でも、今さら聞けるわけない。

私はただの“契約恋人”。

それ以上でも、それ以下でもない……はずだった。

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