全部、俺のものになるまで
数日後、奥田先生の書籍のサイン会が開かれた。

「来てくれてありがとう。」

奥田先生は笑顔でファンの女の子たちと次々に握手を交わしていく。

「早瀬さん。」

呼びかけられ、私はそっと近づいた。

「初対面で言ったこと、気にしてるでしょ?」

――そう。あの日、奥田先生は私に言ったのだ。

『俺と付き合ってくれるなら、連載してもいいよ』と。

連載が欲しかった私は、条件を飲んだ。けれど心にわだかまりが残っていた。

奥田先生は、穏やかな目で続けた。

「でも、俺も誰でもいいなんて思ってないから。」

優しい声に、少しだけ胸の重さがほどけた気がした。

「今回は、恋愛小説にしようと思うんだ。」

「素敵ですね。」

私は反射的に答えていた。

すると奥田先生は、少しだけ声を潜めて言った。

「そのためには、君のキスが必要なんだけど。」

思考が一瞬で止まった。何も考えられない。
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