全部、俺のものになるまで
「帰りがけにするね。」

さらりとそう告げると、先生は再びサインの列へ戻っていった。

――キスするの?私が?

これは、私の意思なんだろうか。

それとも、仕事のための義務なのか。

サイン会が終わり、帰ろうと先生の車に向かったそのときだった。

「ゆかさん。」

静かな呼び声に振り向くと、そこに――成瀬陽翔がいた。

数日前、身体を重ねた彼。もう会えないと思っていた人。

まるで時間が止まったように、私はその場に立ち尽くした。

「誰?」

奥田先生が低く私に問いかける。

「……知り合いです。」

そう言った瞬間、陽翔がまっすぐ私の元へ歩いてきた。

「俺のこと、避けないで。」

――やっぱり気づいてたんだ。

サイン会の最中、何度も目が合った。私はただ気づかないふりをしていた。

「……あの、もう私のことは忘れて。」

ぎこちない声で伝えた言葉に、陽翔は首を横に振る。
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