かりそめ婚は突然に 〜摩天楼Love Story〜
そしてわたしには、祖母直伝のとっておきがある。
洋風の煮込み料理が得意な祖母が、年に一度作るか作らないかというご馳走があった。
それがポトフなのだ。ただの肉と野菜の煮込みというなかれ。

西洋料理がまだハイカラだった時代に、料理書の調理法を忠実になぞって作ったという。そこに年月をかけて祖母流のアレンジが加えられたポトフは、まさに絶品なのだ。
“ご馳走” という言葉は、客人をもてなすために食材を求めて走り回るさまが語源だそうだ。そういう意味では祖母のポトフはまさにご馳走と呼ぶにふさわしい。
肉は、牛・豚・鶏をすべて使う。脛肉、骨付きのあばら、尻尾、骨髄と部位もさまざまだ。
肉屋でこれらを仕入れるのがまず一苦労。

それらを寸胴鍋で二日がかりで野菜と一緒に煮込む。
テクニックは特になく、ひたすらアクと脂を丹念にすくって弱火で煮込むだけだ。
じっくり煮込んだのち具をいったん取り分けて、スープをキッチンペーパーで漉す。こうすると色が澄んで美しくなる。
“映え” や “時短” の逆をいく料理、といってもいい。

料理は愛情という言葉があるけれど、ポトフを作っているとその言葉の意味を実感する。ただただ鍋に張りついて、アクや脂をすくい続ける作業は自分のためだけならまずやらないだろう。
やっぱり誰かの喜んでくれる顔が見たいからだ。
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