推しに告白(嘘)されまして。
「先輩、待ってた」
嬉しそうに、まるで子犬のように、こちらにやってきた千晴に思わず笑ってしまった。
千晴は数少ない私に普通に接することのできる生徒だ。
私が頭を悩ませているマイペースさがそうさせるのだろう。
長所と短所は紙一重だ。
「俺、これから先輩に練習見てもらうから」
クラスメイトにそう素っ気なく言って、私と教室を出て行こうとする千晴に教室内がどよめく。
千晴の何の説明のない突然の行動に、全員が驚きを隠せない様子だ。
主役が急にいなくなるとなるとクラスメイトも困るだろう。
「あ、待って」
千晴を引き止めたい空気の中、1人の女子生徒が、勇気を振り絞った様子で、千晴に声をかけた。
「何」
そんな女子生徒に千晴はだるそうに答える。
「あ、えっと…」
引き止めたいのだろう。千晴のことを。
けれど、女子生徒は千晴の迫力に気圧されたのか、青ざめて、上手く言葉を発せられない。
「だ、台本。練習するなら必要じゃん?」
そしてやっと出た言葉がそれだった。
千晴は「確かに。ありがと」と女子生徒から台本を受け取ると、そのまま私を連れて、教室を後にした。
もう半年は学校生活を共にしているクラスメイトにも、あんなにも怖がられているとは。
無理に仲良くしろとは言わないが、必要以上に怖がられるのもまた違う。
千晴は噂通りの悪いやつではないのだ。
それがこの文化祭期間中に、少しでも知ってもらえたらいいのだが。
…まあ、それでも普段の千晴の素行の悪さが、今の状況を作っているんだけどね。
さっきの場面も少しくらい笑えばいいのに。