推しに告白(嘘)されまして。




「何で?寝ないよ?働かないと」

「俺のメイドは俺と一緒に過ごすことが仕事だけど?」

「…はぁ」



淡々と千晴から伝えられたことに、思わず間の抜けた返事をしてしまう。
何が言いたいのか何となく察せるが、そんなおかしな仕事が本当にあるのだろうか。
お金持ちの世界だからこその常識なのだろうか。

うんうんと考え込んでいると、いつの間にかベッドから降りてきていた千晴が、すぐそこまで迫っていた。
そして千晴は私の手を掴むと、そのまま私をベッドへと引き込んだ。



「…え?」



気がつけば、私は千晴に後ろから抱きしめられる形で、ベッドに転がっていた。

…どうしてこうなった。

思わぬ展開に、千晴の腕の中で、困惑と共に、疑問を抱く。

後ろから私を抱きしめる千晴の体は、私よりもずっと大きく、しっかりしており、温もりを感じる。
ふわりと香る千晴の香りは、相変わらず甘く、優しくて、いい匂いだ。

いつの間にか私の頭は、千晴でいっぱいになっていた。
それから何故か、ただの後輩相手に、心臓が加速した。

千晴相手にドキドキするのはおかしい。
それなのにこの状況では、意識せずにはいられない。

早い鼓動に、千晴の心臓の音が重なる。
私のとは違い、ゆったりとしたその音は、次第に私を落ち着かせた。

ふわふわのマットレスに沈む感覚が心地いい。
掛けられた布団は柔らかく、肌触りも、最高だ。
千晴の体温も、心臓の音も、香りでさえも、全て、心地いい。

最初こそ、この状況に困惑し、心臓を忙しなく動かしていた私だったが、気がつけば、眠気が私を襲っていた。瞼が重くなり、開けていられない。



「…すぅ…すぅ」



そんな私に、規則正しい千晴の寝息が聞こえてきた。
それがますます私の眠気を誘う。

…ダメ。今はバイト中だ。
寝る時ではないのだ。

そう自分に言い聞かせるが、瞼はどんどん下がっていく。

ああ、ダメだ。

暖かい千晴の腕の中。
私はゆっくりと意識を手放した。


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