推しに告白(嘘)されまして。




まさかあの部屋だけではなく、この部屋までも千晴の部屋だったとは。

1人部屋にして広すぎないか。
普通に二世帯くらい住めそうな広さがあるぞ。

金持ちのスケールは一般人とは違う、と驚いていると、千晴は私を抱きしめたまま、顔を覗き込んできた。



「ところで、今、何しようとしてたの?怖い顔して」



無表情に首を傾げながら私を見て、千晴が私の眉間に人差し指を優しく置く。
その行動に私はゆるゆると表情を緩めた。



「…物申しに行こうとしてたの」

「物申しに?うちの父親に?」

「うん」



ポツリと呟いた私に、千晴がますます不思議そうに首を傾げる。
なので、私は続けた。



「あの人、父親なのにいろいろとおかしいじゃん。我が子を道具扱いとかどんな神経してんの」



思い出しただけで、無性に腹が立ち、また眉間に力が入っていく。
すると、千晴はくるん、と私の体を回転させ、自分と向き合うような形に変えた。
私を正面からまっすぐ見つめて、千晴が呑気に笑う。



「先輩って、面白いね。別に気にしなくていいよ。あれがうちの普通だから」

「…っ」



へらりと本当に平気にそうしている千晴を見て、昨晩思っていたことは、正しかったのだと胸が痛くなった。

やはり、千晴は何も気にしていない。
これが普通で、愛されるということを知らない。
だから痛みさえないのだ。

そんな千晴に何を言えばいいのだろう。

次の言葉がなかなか出てこなくて、気持ち悪い。
続く沈黙の中で、いっぱい考えて、私はゆっくりと、口を開いた。



「千晴は道具なんかじゃない。ちゃんとした自由のある1人の人間だよ。千晴は優秀だから、こんな家に頼らなくても、1人で何でもできる。生きていけるよ。先輩として、私も力を貸すから」



どんな言葉をかければいいのかわからない。
けれど、伝えたいことを精一杯伝え、私は目の前にいる千晴を強く抱きしめた。



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