野いちご源氏物語 三一 真木柱(まきばしら)
そういえば、内大臣(ないだいじん)様がお引き取りになった近江(おうみ)(きみ)のことだけれど、尚侍(ないしのかみ)にはもちろんなれず、それからは恋に夢中になっていらっしゃる。
つくづく庶民(しょみん)(てき)な感覚の姫君(ひめぎみ)ね。
内大臣様は(あつか)いに手を焼いておられるし、弘徽殿(こきでん)女御(にょうご)様もひやひやしておられる。
「女御様のおそばに上がるのはやめるように」
という父君(ちちぎみ)のご命令を無視して、女房(にょうぼう)たちのなかに混ざっていらっしゃるの。

ある日、ご立派な貴族たちが(さと)()がりなさっている女御様のお部屋に集まって、音楽会などを楽しまれたことがあった。
源氏(げんじ)(きみ)若君(わかぎみ)も参加なさって、めずらしく女房(にょうぼう)たちに親しげに話しかけておられた。
「やはり格別にすばらしい方でいらっしゃる」
女房たちがひそひそと話していると、それをかき分け押しのけて近江の君が出ていらっしゃったの。
「いけませんよ、おやめください」
とお止めするけれど、ぐいっとにらみつけてお動きにならない。
<これはみっともないことが起きる>
女房たちが目を(そむ)けたとき、ささやき声にしては大きすぎる近江の君のお声が聞こえた。
「あなたよね、あの(うわさ)名高(なだか)い源氏の君の若君って、あなたよね」
ついたての向こうにいらっしゃる若君に、非常識に話しかけなさったの。

「ふらふらなさっているなら私から参りますから、どこへ行けばよいか教えてください。実らない片思いを続けていらっしゃるなんてもったいのうございます」
あまりのことに若君はびっくりなさる。
<こちらの女御様のところにこんな女房がいるわけがない。あぁ、これが内大臣様も手を焼いておられるという近江の君か>
思い当たるとおかしくなってしまわれて、ついおからかいになった。
「たしかにふらふらしておりますが、私にも選ぶ権利がありますから」
< 36 / 37 >

この作品をシェア

pagetop