一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
***
『それで?何事もなく暮らしてるの?』
「うん」
私は自室でチクチクとぬいぐるみの服を縫いながら、画面の向こうの明里ちゃんに首肯する。
鷹士さんが日本に帰ってきて一週間が過ぎた。私は相変わらず夕食後はお風呂に入って自室でぬいぐるみ制作に勤しみながら、週に一度明里ちゃんとテレビ通話をしている。
『一緒にご飯食べたりは?』
「ないかな。朝は私がシフト制で起きる時間バラバラだし。でも、大体いつも起きたらいない。夜は向こうのほうが遅いし」
『昔会ったことは覚えてそう?』
「いや、覚えてないと思う」
明里ちゃんの問いに私は苦笑いで頬を掻く。
実は鷹士さんとは幼い頃一度だけ会っているのだ。
どういう経緯かわからないけれど、彼はいきなり私の家に預けられた。
母がいきなり「斎賀鷹士くんっていうの。仲良くね」と日曜日で寝坊して居間に現れた九歳の私に鷹士さんを紹介した。
七歳の鷹士さんはあの時も基本無表情であまり話さなかった。でも、青い目と今よりも明るいブロンドの髪と白い肌がどこかの王子様みたいに完璧で可愛かった。起き抜け脳みそも一気に覚醒するほど、私は目も心も奪われていた。生まれて初めて一目惚れをしたことに気づいたのは、おう君が帰って数日後。ずっと彼の顔が頭から離れなくて、彼を想うと心があたたかく、ドキドキ脈打つことで自覚した。
その日は、母親は夕方まで仕事だったし、真夏の暑さから家の中で折り紙をしたり絵を描いたりして遊んだ。食事は母が用意してくれていたものを電子レンジであたためて食べるという、私にとってはいつものルーティン。土日もひとりで過ごすのが当たり前で寂しさも慣れていたはずなのに、彼が加わるだけでとても新鮮でわくわくした。年上だからと子供ながらに世話を焼いてしまうくらい。今考えたらませた行為で恥ずかしい限りだけれど。
だけど、次の日おう君が帰る時は立場が逆転。あまりの寂しくて母親にひっついていた。ただ泣くのだけは堪えた。おう君が困ってしまうのを幼いながらに理解していたから。おう君は「ありがと」と私に小さく微笑んだ。どこまでも清らかで澄んだ笑顔だった。
これが私の初恋。
『王子ったらツレないんだね。つぐちゃんの性癖をねじ曲げたくせに』
「性癖って、違うから」
『でも、その初恋のせいでそんじょそこらの男にはときめかなくて、誰とも付き合えなかったじゃん。罪深いよ。七歳でも』
確かに。罪深いかもしれない。今だって、そこに佇むだけで芸術品のような崇高さが放出されている。あんな人世間に早々いるわけがない。
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