一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
突っ込まれまくりでも、強引に鷹士さんの背を押してリビングへと進んでいく。抵抗らしい抵抗もない彼をソファに座らせて、自分の部屋へ体温計を取りにいった。こういう時に限って探し物がなかなか見つからない。
「え、ここにいれたはず」
クローゼットの中に置いた薬箱を探す。一年だけの住まいだと思って、あまり使用頻度の低いものはダンボールの中に入ったままになっている。それでも、薬箱は外に出していたはず。
ダンボールの上に置いていた布やら綿やらを掻き分けたら、百均で買った透明のケースが現れる。これだこれ、と手にとって開けると絆創膏や切り傷などに効く軟膏の間に体温計があった。
それを手に掴んで走って戻ると、彼はさっきと同じ膝に肘を置いた前屈みの体勢で座っていた。どこかボーッとしている双眼が私に焦点を合わせる。
「これで計って」
体温計を差し出せば、何か言いたげではあるけれど、諦めたように素直に受け取る。脇に挟んで数秒待てばピピと終了の電子音が鳴った。取り出されたそれを後ろから覗き込めば、その数値に目を剥く。
「三十八度五分」
「微熱です」
「いやいや、微熱ではないです」
「元々体温高めなので」
「それでも、これから上がるかもしれません。とにかく、着替えたらすぐに休みましょう。薬は頓服薬でその場しのぎですけど飲んでみて……」
「私に構わなくていいです。結婚したのは形式上。あくまで他人なんですから」
何度も言われてきた形式上という言葉。わかっている。ただの利害関係の上で一時的に同じマンションに住んでいるだけの他人だと。
考えるたびに鬱屈とした気持ちになるのを、今回でふんと息とともに吹き飛ばした。
「そうだとしても、同居している人間がしんどそうなのを黙って見過ごせるほど、私は冷徹人間ではありません」
勇気を出して言い放つと鷹士さんは小さく口を開けて固まった。いつもどおり私が同意すると思ったのだろう。完璧人間みたいな彼の意表を少しつけたことに口元が緩みそうになるのを堪えた。
< 14 / 91 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop