一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
「お兄ちゃん」
そう声が聞こえて顔を前に向けたら、こちらにハイヒールで小走りで近寄ってくる女性がいた。ストレートの髪を高く結い上げて形のいい額を見せている顔は小さい。私よりも拳ひとつ分ほど背の高い彼女はロングドレスの裾を軽やかに揺らしながらにこやかに私たちの前に立った。
「美蘭(みらん)」
彼女は鷹士さんの八歳年下の妹。スレンダーな体躯からモデルか何かをしているのではと思わせるけれど、本人は「いたって普通の大学生」らしい。
「つぐみさん、こんばんは!」
「こんばんは」
明朗快活を現したような挨拶に私も微笑んで会釈をする。義妹と初対面なのも周囲からしてみればおかしい。あくまでも親しく、家族仲は睦まじいと思わせなければならない。「そうしないと、また外野が騒ぐのも耳障りだ」と鷹士さんが言っていたし、美蘭さんも気さくに話しかけてくれる。
それにしても、兄妹の性格が正反対すぎでは?
クールな兄に比べて、妹はフランクでずっと話している。
「かわいい!そのドレス似合ってる!」とモデルみたいな美女から褒められて曖昧に笑うしかなかった。
「お兄ちゃん、おじいさまに挨拶は?」
「今からだ。とはいえ、あの状態ではすぐには行けないな」
「まぁパーティー始まったところだしね。甘い汁吸いたい人間は我先にと機嫌取りにいくわね。お父さんも今囲まれて。あ、来た来た」
美蘭さんは振り向いた先に父親を見つけて手を挙げた。グレーのスーツを着たその人は客を避けながらこちらに近づくと
「や、ふたりともお疲れ様」
と、優しげなタレ目をにこりと細めた。
鷹士さんとは違うタイプの顔立ちでも、身長は彼と同じくらい高い。整った甘いマスクと微笑むと目尻に刻まれた笑い皺が年を重ねた分の色香を放つ。
「つぐみさんは久しぶりだね。元気にしてた?」
「はい。お義父さんもお元気でしたか?」
「うん、元気。会いに行こうかと思ったんだけど、鷹士を差し置いて嫁に会うのはどうかなーと思ってさ」
「つぐみも忙しいので父さんの戯言に付き合わせるのはだめですよ」
つぐみと呼ばれて内心ドキッとした。名前を呼ばれるのも再会して何気に初めてかもしれない。でも、そんな私に気を止めずお義父さんは笑った。
「あははっ当たってる!」
息子からの苦言も難なく笑って流す。底抜けの陽気。私が初めてお義父さんと会った時も「なんか、ごめんね〜」と笑っていた。
朗らかでのほほんとしている、普通の結婚だったらいいお義父さんに当たったと喜ぶところかもしれない。
実際、鷹士さんもお義父さんに対しては雰囲気が柔らかくなっている。
母親が記憶をなくして自分のことを忘れてから、世話をしていたのは父親だと言っていたから、信頼関係は厚いのだろう。
「あ、そろそろおじいさまの周り捌けてきたよ。そろそろ行こう。私この後友達と遊ぶ約束あるんだ」
「あんまり遅くならないようにな」
「はーい」
「私たちも行こう」
鷹士さんに言われて、私は少し口を引き結んで頷いた。
< 26 / 91 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop