一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
鷹士さんはふっと笑みを唇の端に浮かべる。嘘を言っているわけではない。でも、どこか寂しそうな横顔に私は憤って握っていた拳をゆっくり解くしかなかった。
それからふたりで帰ろうと話して出口に向かったのだけど、三歩進むたびに声をかけられる。
親族だけでなく仕事の得意先の幹部が来ているようで邪険にはできない。仕事の難しい話に私は笑顔でただ立ち尽していたら、鷹士さんに先に会場から出ていてと小声で言われた。付き合わせるのが悪いという感じのそれに別に気にしなくていいのにと思ったけど、私がいても気を遣わせるだけだと頷いた。何より愛想笑いの大セールみたいな状況から解放されて、肩の力が抜ける。
「はぁ……」
エレベーターホール横の階段に続くスペースに簡易のソファーを見つける。そこでため息をついて強張った表情筋を解した。化粧が落ちない範囲でぐりぐりと頬を撫でていたら、足音が近づいてくる。
顔をそちらに向けたら、その人と目が合った。お義父さんだった。彼は私の顔を見つめると、眉毛を寄せた。
「大丈夫?気分悪いの?」
「あ、違います!ちょっとこういう場に慣れていなくて。あと、鷹士さんを待っています」
「なるほど。でも、まぁ疲れるよね。仰々しい形だけのパーティーなんてさ。僕の代にはなくしたい慣習だ。親父もあの歳でよくやるよ。あ、隣いいかな?」
「あ、はい」
流れるように言われて、自然と頷いた。お義父さんが隣に座って長い脚を組む。
上質な光沢を放つブラウンの革靴が鈍く光っていた。
「ふたりとも仲良さそうでよかったよ。鷹士はずっと海外だったから、つぐみさんに愛想尽かされてそうで気になってたんだ」
内心ギクリとした。
愛想を尽かす以前に私たちは離婚前提の契約婚だ。一年だけの結婚。年末で事業の立て直しができていれば、私たちの結婚はもう意味を失う。そのあと、斎賀と藤原がどう経営をしていくのかまでは私は聞かされていない。離婚したら、私の祖父に怒るかもと契約時に鷹士さんに言えば「あなたにも藤原にも利のあるように進めるから心配しなくていい」と返ってきた。それを信じるしかない。
「鷹士さんは頑張ってますから。私が愛想を尽かす立場ではないです」
「そう?親から見て鷹士は根本的に優しいんだけど、愛嬌がないから。敵を作っても涼しい顔だからヒヤヒヤするんだ」
「まぁ……それはそうかもです」
親戚にも容赦ない。言い換えれば、それだけひどい目にあってきたのだろう。同情の余地はない。でも、彼が自ら窮地に立とうとしているような危うさがあるから、心配になる。
「だから、君と話していていい感じに解れているから安心した」
「え、解れてます?」
「うん」
こくりと首肯されて困ったのは私。仲のいい演技を特に強要されていないから普通に話していただけだ。それが父親から見て息子が緊張を解いているように見えると言われても実感もない。
だけど、否定するようなことでもないから曖昧に笑っていたら、ふとお義父さんから笑みが消えた。空気が少し硬質なものに変わり、私は自ずと背筋を伸ばす。
それからふたりで帰ろうと話して出口に向かったのだけど、三歩進むたびに声をかけられる。
親族だけでなく仕事の得意先の幹部が来ているようで邪険にはできない。仕事の難しい話に私は笑顔でただ立ち尽していたら、鷹士さんに先に会場から出ていてと小声で言われた。付き合わせるのが悪いという感じのそれに別に気にしなくていいのにと思ったけど、私がいても気を遣わせるだけだと頷いた。何より愛想笑いの大セールみたいな状況から解放されて、肩の力が抜ける。
「はぁ……」
エレベーターホール横の階段に続くスペースに簡易のソファーを見つける。そこでため息をついて強張った表情筋を解した。化粧が落ちない範囲でぐりぐりと頬を撫でていたら、足音が近づいてくる。
顔をそちらに向けたら、その人と目が合った。お義父さんだった。彼は私の顔を見つめると、眉毛を寄せた。
「大丈夫?気分悪いの?」
「あ、違います!ちょっとこういう場に慣れていなくて。あと、鷹士さんを待っています」
「なるほど。でも、まぁ疲れるよね。仰々しい形だけのパーティーなんてさ。僕の代にはなくしたい慣習だ。親父もあの歳でよくやるよ。あ、隣いいかな?」
「あ、はい」
流れるように言われて、自然と頷いた。お義父さんが隣に座って長い脚を組む。
上質な光沢を放つブラウンの革靴が鈍く光っていた。
「ふたりとも仲良さそうでよかったよ。鷹士はずっと海外だったから、つぐみさんに愛想尽かされてそうで気になってたんだ」
内心ギクリとした。
愛想を尽かす以前に私たちは離婚前提の契約婚だ。一年だけの結婚。年末で事業の立て直しができていれば、私たちの結婚はもう意味を失う。そのあと、斎賀と藤原がどう経営をしていくのかまでは私は聞かされていない。離婚したら、私の祖父に怒るかもと契約時に鷹士さんに言えば「あなたにも藤原にも利のあるように進めるから心配しなくていい」と返ってきた。それを信じるしかない。
「鷹士さんは頑張ってますから。私が愛想を尽かす立場ではないです」
「そう?親から見て鷹士は根本的に優しいんだけど、愛嬌がないから。敵を作っても涼しい顔だからヒヤヒヤするんだ」
「まぁ……それはそうかもです」
親戚にも容赦ない。言い換えれば、それだけひどい目にあってきたのだろう。同情の余地はない。でも、彼が自ら窮地に立とうとしているような危うさがあるから、心配になる。
「だから、君と話していていい感じに解れているから安心した」
「え、解れてます?」
「うん」
こくりと首肯されて困ったのは私。仲のいい演技を特に強要されていないから普通に話していただけだ。それが父親から見て息子が緊張を解いているように見えると言われても実感もない。
だけど、否定するようなことでもないから曖昧に笑っていたら、ふとお義父さんから笑みが消えた。空気が少し硬質なものに変わり、私は自ずと背筋を伸ばす。