一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
「食べたいものは?」
「うーん……焼肉とか?」
「わかりました」
鷹士さんが私の提案にすぐ頷いて車を発進させる。地下の無機質な明かりの中を進み、ぐるぐると坂道を上がって地上に出ると一気に夜の空が広がった。
車内は音楽もなくただ車のエンジンと走行音だけでも悪くない。元々沈黙が嫌いな性格ではないから。でも、今日みたいなイレギュラーな日は浮足立つみたいにそわそわしてしまう。でも、相手は嫌なパーティーで疲れているだろうから、静かにしないと。
「あの……」
「はい?」
「いや、何でもないです」
運転席に顔を向ければ、どうにも気まずそうな横顔が見えた。口ごもるほどの何かがあったのか。
「気になります。言ってください」
やっぱり、私が逆らうような真似をしたのが悪かったのかもしれない。どこか悪い点があれば、指摘してくれたほうが私も助かる。そう思って切実に頼めば、彼は少しの逡巡後、口を開く。
「好きな食べ物……ってなんですか?」
「え、好きな食べ物?」
虚を突かれて目を剥いた。一瞬、それがあのパーティーと何の繋がりがあるのかと思考を巡らしたけど、当たり前ながら全部
単純な世間話だとわかったら、それはそれで困る。
好きな食べ物。私の、えっと……なんだろ。
咄嗟に思い浮かばないというありがちなパターンに陥る。
「すみません、やっぱり忘れて……」
「いやいやいや、麺!麺類です!ラーメン、うどん、蕎麦、パスタ全部好きてす。あ、でも、ご飯も好きです」
「全部炭水化物」
「あ、ほんとだ。じゃあ、私の好物は炭水化物だ!」
あははと笑えば、彼が釣られたようにクスッと笑う。嫌な感じではなく、親しみを滲ませた笑顔が横顔でもわかる。
「笑うと可愛い」
「な……」
「あ、すみません。つい心の声が」
「ちょっと……びっくりするからやめてください」
渋い声の後にまた咳払いされた。
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