一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
私の悪い癖だ。仕事とか公的な場なら胸のうちに留めているけど、気が緩むと心の声が漏れてしまう。男性に可愛いというのはあまり褒め言葉ではなかったかもなと失言を反芻しながら、話を戻すことにした。
「じゃあ、鷹士さんは?」
「え?」
「だって、鷹士さんが訊いてくれたから。私たち気を遣わずに過ごすとはいえ居住空間が同じなら、快適に暮らすのにお互いの情報を知っておいてもいいかもということで、訊いてくれたんですよね?」
私が彼の意図を推し量れば、微妙な顔と間が生まれた後に「そうですね」と返ってくる。そして、彼は少し思案するように首を傾げた。
「俺は特に……これが好きっていうのがぱっと思いつかないな」
「俺……」
「え?」
「あ、いえ。いつもは『私』って言ってたから」
「あ、すみません」
彼は失態とばかりに息を呑みすぐに謝る。私は慌てて手を振った。
「いえ、砕けた感じのほうがこちらも気が楽というか。この際敬語はやめませんか?私のほうが年上だから気を遣ってくれてるんだと思うんですけど、こういうの、肩が凝るというか。形はどうあれ敵ではないのなら、お互いやりやすいようにやれたらいいなと思うんです。家にいる時くらい肩の力抜いて」
私の提案に彼は少し間を置いて、ハンドルを握りながら肩で大きく一度息をする。
「……わかった。じゃあ、敬語なしで」
「はい。あ……うん、なしで!」
小さな約束でも嬉しくなるのは、少しでも私のことを信用してくれたのかと思えるから。きっと、彼は信用できない相手には契約以上のことは譲歩も協力もしないだろう。自分の評価が上がったみたいに思えて心と同調して声も弾む。
「じゃあ、また好きな食べ物思いついたら教えて」
「わかった」
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