一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
***


「でも、案外この暮らし快適なんだよね」
私はスマホでテレビ電話をしながら指を動かす。手の中のうさぎのぬいぐるみの口元に刺繍をいれるところだ。失敗はできないから慎重に針を入れていく。
『ぱっと見はセレブ生活だもんね』
相手は親友の明里(あかり)ちゃん。
高校時代からの付き合いで同じ手芸部だった。私は人形やその洋服などを作るのが得意で、彼女はアクセサリーや小物などの製作が好きだった。インターネット販売を基軸に、ふたりで定期的にイベントへ出店したりしている。
「住まいはね」
『好きなもの買っていいって言われてるのに、全然買わないし、食べ物も基本タイムセールで買うよね、つぐちゃん』
「高いからっておいしいわけじゃないし。帰る時間がタイムセール時だったら買うでしょ?」
『まぁそうだね。しかも、旦那は海の向こう。干渉もないし一番いいよね』
旦那にあたる人は海外。元々海外赴任中だったのを私と入籍するために一時帰国して、またすぐに海外に飛んでいった。最初から私と暮らす気はなし。別にそれはそれでいい。私としても長らく一人暮らしでやってきて、いきなり男の人と同居はなかなか気を遣う。未だに広い部屋の数々には慣れないけれど、マンション自体は管理が行き届いていて過ごしやすいし、ペントハウスだからお隣さんも気にしなくていい。住めば都すぎる。
何よりこの一年で、母は入退院を繰り返しながらも治療のかいがあって、寛解までの道のりが見えてきている。最初どうなることかと心配で寝られなかっただけに、ようやくほっとできるまでになった。これらに関してお金を出してくれる旦那様には感謝しかない。
ちなみに、母には結婚のことは秘密にしている。自分が駆け落ちしたツケを娘に払わすような形になったなんて知れば、治療をやめると激高しそうだし、すぐにでも祖父を訪ねて大喧嘩するだろう。
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