一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
***

「で、家出てきたの?」
明里ちゃんが半分驚き、半分呆れをうまく顔で表しながら私に言った。私は彼女の部屋で、人をだめにする大きなビーズクッションに埋もれていた。
「だって、顔を見るのも嫌かなって」
「そんなライトに家出してきて……大丈夫?」
「大丈夫だと思う。一応手紙残してきたし。私も出過ぎた真似したから、図々しくあそこに住むのも違うかなって」
「でも、妹から頼まれただけじゃん」
「そうだとしても、事情もすべてきいて、鷹士さんに相談なくしたのは間違いないことだし。怒られるのも覚悟してたから。どっちみち契約では『お互いのプライベートに踏み込まないし、不利益にならないようする』という項目があるから。それを破ったようなものだし。もうすぐ離婚するのに一緒に住むこともないしね」
だから、あの後すぐにマンションに帰り、最低限の荷物を纏めて出てきた。
数日分の服と必要な化粧品を持って出た。あとはまた仕事が休みの日に取りに戻ればいい。といっても、離婚前提だから荷物はもともと少ないので、次の住まいが決まればすぐ運び出せる。
「これからどうするの?」
「とりあえず、すぐ住める部屋探す。それまでネカフェかな。実家は突然だとお母さんが何かあったのかって心配するだろうし」
「うちに当分いていいよ」
「ありがとう。でも、今日だけで十分。蓄えはあるしね」
「つぐちゃん」
「なんとかなるよ。今までもそうなってきたし。私わりと打たれ強いでしょ?」
「だから、心配なんじゃん。いつかポキッと折れちゃわないか」
明里ちゃんが真剣に言うから、私も無理やり上げていた頬の筋肉を戻す。
あんな形で関係が終わることは、やっぱりダメージはある。けっこう、胸にぽっかり穴が開いたみたいな、虚無感と嫌われたであろうことへのショック。傷心になる権利もないのに自分勝手さに苦笑が浮かんだ時、明里ちゃんが私の肩をそっと抱き寄せた。
「寄りかかりたい時は寄りかかっていいんだよ」
「……ありがとう」
私は少し滲んだ視界を瞬きで誤魔化しながら、華奢な背中に手を回した。
当分、明里ちゃんの部屋でお世話になることになった。だからといって、いつまでもお世話になってはいられない。住む場所を早く決めないと。
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