一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
「あー、やっばり一緒にいると嫌かなって」
「……あんなもの残していって」
「好きな時に出してくれていいように。あれ、どこか抜け落ちてた?」
あれというのは、離婚届だ。いつその時が来てもいいように手元に用意しておいたもの。それを結婚指輪と一緒に置いておいた。あとは、鷹士さん側の記入だけすれば提出して終わりのはずが、不備があったのか彼の表情はさらに苦虫を潰したみたいな顔になっている。
「話がしたい」
「閉店してからになるけど」
「わかった。場所は連絡する。あと、これください」
ガラスケースを指さしたのは店で一番高い大きな菓子箱だ。
「こちらの焼き菓子の詰め合わせですね?ありがとうございます」
指さされた商品を確認して、下の棚から箱を取り出す。
やっぱり買い物ついでに寄ったのかな。いや、気を遣って買ってくれたのかも。
どちらにせよその後はお互い店員と客として振る舞い、滞りなく会計が済む。
熨斗もギフト包装はいらないというので、紙袋に商品を入れて渡すと鷹士さんはすぐに歩き出し買い物客の中に消えていった。贈呈品じゃないということは、やっぱり私に気を遣ってくれたみたい。
そんなことしなくていいのに。
そう思って彼が行った方向を見つめていたら、ケーキコーナーに立っていた吉田さんがそそそと静かに近寄ってくる。
「店長、あの人誰ですか?まさか旦那さん?」
「えーっと、まぁそうだね」
「ぎゃーっ!めちゃくちゃかっこいいじゃないですか!」
「しーっ声押さえて」
テンションが一気に上がった彼女に口元に人差し指を立てて注意した。周りには買い物客がいる。騒いでいたらクレームになりかねない。
ちょうどケーキコーナーにやってきた一組のカップルに吉田さんが慌てて戻っていった。それからまた客足が戻ってギフトの注文もいくつか入り、吉田さんから深く追及されることなく仕事を上がれてほっとした。だって、旦那であってももうすぐ離婚するなんて体裁が悪い。
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