一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
「どんな経緯あっても、あなたの家族事情に踏み込んだことに変わりはないから。私も複雑な家庭環境だったし、他人に口を出されたりする嫌な気持ちは痛いほどわかってたつもり。でも、種類は違えどそういう特殊な環境下にいたあなたを放っておけなかったのも本当の気持ち」
そこまで言うと、私は一度大きく息を吐いた。それから、今まで黙っていたすべてを話し始めた。
「お義母様は私の作品のお客様だった。最初はあの人形は洋服のサンプルを着せるためだけに作っただけで売り物ではなかったの。それをSNSのDMで購入したいって美蘭ちゃんから連絡が入って。彼女は私の商品をイベントやネットでよく購入してくれていたんだけど、直接的にメッセージが来たのはあの時が初めてだった」
「それも美蘭から聞いた。母親があの人形を見て『どうしても欲しい』と頼んだこと」
鷹士さんの母親は記憶喪失だが、日常生活に支障はない。ただ、昔のつらい出来事を思い出さないようにと鷹士さんの写真や映像はすべて家から持ち出されたらしい。彼女の中では子供は美蘭さんだけ。その人がいきなり、美蘭さんがスマホで私の作品を見ていたら画面を指さしてきたそう。「この人形がほしい」と。
私は美蘭さんに最初は断った。売り物ではなかったからだ。だけど、美蘭さんから事情を聞いて、悩んだ末にあの人形を渡すことにした。可愛がってくれるならいいとその時は今ほど事の重大さをわかっていなかった。
「それからイベントにも美蘭ちゃんと来てくれるようになって。あの人形の洋服とか小物を買ってくれた。まさか鷹士さんの家族とは知らなくて、親戚になった時には美蘭ちゃんと驚いたけどね」
「美蘭は俺に言えば反対されるから内緒にしていたらしい。確かに俺の特徴がある人形を母が欲しがっていると相談されたら、絶対に認めなかった」
少し苦味が彼の口元に滲む。母親を大切にしているからこそ離れた彼にとって、自分に似た人形でさえ恐怖だっただろう。その気持ちを思えば、私も口の中が苦くなり、口角を下げた。
「今回あの人形を預かったのは、美蘭さんの友達の犬を預かった時に、あの人形を銜えられて破けてしまったの。普段は大切に扱われていて、お義母さんから扱い方法とかいろいろ相談されたりするくらいだったんだよ。そこまで大切にされて恐縮したくらい」
直接会場まで会いにきてくれて、大切にしている人形を見せてくれるのが作り手としても嬉しくて。だから、今回の修理の件も引き受けた。あの笑顔がなくなるのは、なんだか違うと思った。
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