一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
「記憶はなくしてしまったけれど……多分、お義母さんは鷹士さんのこと憎んだり、疎んだりしていなかったんじゃないかって、人形を大切にしている姿を見たら思う。鷹士さんのこと可愛くて守ってあげたい存在だったから、矢面に出さないように自分が前に立ってらしたんじゃないかって」
そこで言葉を切った。眼前の鷹士さんが薄い唇を噛みしめていて、自分の犯した失態に息を呑む。
「あ、想像半分で話してごめ……」
「いや」
彼は首を横に振る。それから何か言おうとしたけど、うまく形にできないように数度小さく口を開閉させてから閉じる。右手で目元を覆う。
「……すまない」
「いいえ」
端的な会話だけしてまた沈黙が満ちる。でも、最初の時みたいな気まずさに支配されたものではなく、積年の母親への思いがしっとりと空気を濡らしていた。少しして、鷹士さんは目元を隠していた手をどける。いつもどおりの切れ長で美しい双眸が現れる。どこまでも澄んだ青が私を映した。
「人形は母親の元に戻ったよ。あなたの言うとおり母の持ち物を俺が捨てることはできないから。母の記憶喪失もそのままのようだし」
「そう」
よかった。無事にあの人形が彼女の手に戻って。
また大切に扱われるだろう。端正に縫い直した甲斐もある。嬉しくて口元を緩める私とは打って変わって、鷹士さんはなぜかまた硬い表情に戻った。
「あと、ひとつ。重要なことがある」
「え、なに?」
「……もう帰ってこないのか?」
今日最大のすごく苦虫を噛み潰したみたいに渋面でもごもごと言うから何事かと思ったら私のことだった。つい驚きと拍子抜けで瞠目した双眸を何度も瞬かせた。
「帰ってもいいの?」
「もちろん。あそこはあなたの家だ。俺の妻なんだから。それに……」
「それに?」
「……あなたがいないと妙に静かで、落ち着かないというか……」
「寂しかった?」
「なっ……そ、んなこともなくはない」
「ふふ、どっちよ?」
素直じゃないところについつい吹き出してしまう。クスクスと笑ったら、彼はバツが悪そうに少し目を伏せた。
「寂しく、感じた」
ぽつりと漏れた声は、なんだか心もとなく耳に残る。同時に、きゅっと胸が締め付けられた。
「じゃあ……帰ろうかな」
その後はさわさわと胸がこそばゆくなり、自然とそう口から出ていた。結局、私もあの場所に戻れることが嬉しかったのだ。私の出した答えに彼の萎れたオーラはみるみるうちに輝きを取り戻した。まるで、枯れかけていた花が水を吸って生き返るみたいに。
「好きなもの頼んで。迷惑かけたお詫び」
「ほんと?ありがとう」
メニューを受け取りながら彼に笑顔を返す。
こんなにわかりやすい人だったっけと思うけど、気を許してくれている証拠なのだとしたら嬉しい。
ダメなんだけどなぁ。
一年限りの契約婚だから気持ちを残さないようにしないといけないのに、どんどん惹かれていく自分がいる。でも、あと残り少ないのなら、めいっぱい楽しむべきかとも思う。
「まぁいっか」
「何が?」
「ううん、ごはんを白飯にするか炊き込みのどちらにしようかなって」
「両方頼めばいい」
「そうしよっかな」
いずれ終わりが来るなら、せっかくなら楽しい気持ちで迎えたい。
だから、今ごちゃごちゃ考えずに彼と一緒に過ごす時間を満喫することにした。
そこで言葉を切った。眼前の鷹士さんが薄い唇を噛みしめていて、自分の犯した失態に息を呑む。
「あ、想像半分で話してごめ……」
「いや」
彼は首を横に振る。それから何か言おうとしたけど、うまく形にできないように数度小さく口を開閉させてから閉じる。右手で目元を覆う。
「……すまない」
「いいえ」
端的な会話だけしてまた沈黙が満ちる。でも、最初の時みたいな気まずさに支配されたものではなく、積年の母親への思いがしっとりと空気を濡らしていた。少しして、鷹士さんは目元を隠していた手をどける。いつもどおりの切れ長で美しい双眸が現れる。どこまでも澄んだ青が私を映した。
「人形は母親の元に戻ったよ。あなたの言うとおり母の持ち物を俺が捨てることはできないから。母の記憶喪失もそのままのようだし」
「そう」
よかった。無事にあの人形が彼女の手に戻って。
また大切に扱われるだろう。端正に縫い直した甲斐もある。嬉しくて口元を緩める私とは打って変わって、鷹士さんはなぜかまた硬い表情に戻った。
「あと、ひとつ。重要なことがある」
「え、なに?」
「……もう帰ってこないのか?」
今日最大のすごく苦虫を噛み潰したみたいに渋面でもごもごと言うから何事かと思ったら私のことだった。つい驚きと拍子抜けで瞠目した双眸を何度も瞬かせた。
「帰ってもいいの?」
「もちろん。あそこはあなたの家だ。俺の妻なんだから。それに……」
「それに?」
「……あなたがいないと妙に静かで、落ち着かないというか……」
「寂しかった?」
「なっ……そ、んなこともなくはない」
「ふふ、どっちよ?」
素直じゃないところについつい吹き出してしまう。クスクスと笑ったら、彼はバツが悪そうに少し目を伏せた。
「寂しく、感じた」
ぽつりと漏れた声は、なんだか心もとなく耳に残る。同時に、きゅっと胸が締め付けられた。
「じゃあ……帰ろうかな」
その後はさわさわと胸がこそばゆくなり、自然とそう口から出ていた。結局、私もあの場所に戻れることが嬉しかったのだ。私の出した答えに彼の萎れたオーラはみるみるうちに輝きを取り戻した。まるで、枯れかけていた花が水を吸って生き返るみたいに。
「好きなもの頼んで。迷惑かけたお詫び」
「ほんと?ありがとう」
メニューを受け取りながら彼に笑顔を返す。
こんなにわかりやすい人だったっけと思うけど、気を許してくれている証拠なのだとしたら嬉しい。
ダメなんだけどなぁ。
一年限りの契約婚だから気持ちを残さないようにしないといけないのに、どんどん惹かれていく自分がいる。でも、あと残り少ないのなら、めいっぱい楽しむべきかとも思う。
「まぁいっか」
「何が?」
「ううん、ごはんを白飯にするか炊き込みのどちらにしようかなって」
「両方頼めばいい」
「そうしよっかな」
いずれ終わりが来るなら、せっかくなら楽しい気持ちで迎えたい。
だから、今ごちゃごちゃ考えずに彼と一緒に過ごす時間を満喫することにした。