一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
「ありがとうございました」と購入されたお客様を見送ったところで、こちらに歩いてくる人の中から見覚えのある顔を見つけてぎょっとする。
女性の中では背が高く、スラリと伸びた四肢。栗色の長い髪は真っ直ぐで歩くたびにさらりと音が出そうだ。穏やかそうな垂れ目と小さくて上品な唇がゆるりと弧を描いて私に手を振る。
鷹士さんの母親、百合恵さんだ。
私は後ろで商品補充のため屈んでダンボールを開けていた鷹士さんの肩を叩く。なんだと視線を上げるのに、百合恵さんのほうをさりげなく顔で示したところで後ろから「つぐみさん」と声がかかった。ビクッと肩を震わせて振り向けば、百合恵さんがもう目の前にいる。
「ああっ、さささ、斎賀さん」
鷹士さんを一瞥したら彼は屈んだまま、キャップを深く被って俯いていた。
「今日いらっしゃったんですね」
「ええ、予定が早く終わって」
美蘭ちゃんから今日は母親は用事があるから来られないと連絡があっただけに驚きを隠せない。だから、鷹士さんも同行するのに問題ないと言った手前彼の反応が気になるが、下手に視線を向けて百合恵さんに気づかれてしまうほうがまずい。
「この前、この子を直してくれてありがとう」
冷や汗を掻く私に百合恵さんは鷹揚と笑ってあの人形をバッグから取り出した。
「綺麗にしてもらえてよかったわ。正直、ひどい破れ方だったから、断られても仕方ないと思っていたの」
「大切にされているのをわかってましたから。私も直してあげたくて」
「そう、とても大切。この子を初めてネットで見た瞬間すごく懐かしい気持ちになってね」
そう言いながら人形の頭を撫でた。そこには、眩しいとさえ感じるほどの慈愛しかない。
「なぜだかわからないんだけどね。すごく愛おしいなって毎日見てるの。いい歳してぬいぐるみを大切にしてるのも恥ずかしいんだけど」
少し羞恥を滲ませる百合恵さんに私は即座に首と横に振った。
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