一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
「そんなことないです。可愛がっていただいてありがとうございます」
「こちらこそ、いつも可愛い洋服を作ってくれてありがとう」
そう言いながら百合恵さんが少し頭を下げた時、鷹士さんがおもむろに立ち上がった。百合恵さんには背中を向けたままブースから離れていくいく。
背の高い彼が雑踏の中に溶け込んでしまうのを横目で見ていたら、百合恵さんが「これいただくわ」と商品を差し出してくる。人形用のトレーナーと手袋だ。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそいつもありがとう」
人の良さが全面に出ている笑顔。本当に優しいお母さんだったのだろう。寂しさで俯くおう君の姿が頭を過る。
おつりを返した時、私は机の下に置いていたダンボールの中からひとつ袋を取り出した。
「あのこれよかったら、試作品なんですけど」
「あら可愛い。お代はいいの?」
「はい、サンプルなので。その子に似合うと思います」
ネオンブルーのニット帽。
鷹士さんが何個か作ったもののひとつだ。彼に教えたら覚えが早くて簡単なものならすぐに編めるようになった。
売り出すにはまだまだだからと謙遜する彼に、それなら試作品として活用してもいいかと許可を取った。数も多くないので、差し入れをくれた人に渡そうと思っていた。でも、百合恵さん以上にこれが必要な人はいない。
「可愛い。今被せてみてもいい?」
「はい、ぜひ!」
私も嬉しくなって大きく頷く。百合恵さんはビニール袋からニット帽を取り出してぬいぐるみの頭に被せると、嬉しそうに笑って「ありがとう」と丁寧にお辞儀をした。
写真に撮って彼に見せてあげたいくらい綺麗な笑顔だった。
その後も慌ただしく、でも大きな問題も起こらず、売り切れで早めに店仕舞いになるほど盛況だった。
百合恵さんのこともあって、特に今回は気持ちよく終われたマルシェだったのだけど……。
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