一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
玄関を開けて鷹士さんを座らせると、その横で私は力尽きて倒れ込んだ。
「はぁ、無事帰ってこられた……」
コートの下が汗だくだ。何杯飲んだか忘れたお酒もすっかり抜けた。鷹士さんにも申し訳ないけれど廊下に置いておいて、のろのろと私は靴を脱ぐ。
「水、持ってきますね」
目を閉じて壁に凭れる彼に一応言ってから腰を上げる。でも、背後から何かに引っ張られて元の位置に逆戻り。振り返れば、うっすら目を開けた鷹士さんが私のコートの裾を掴んでいた。
「どこに、行く?」
「え?だから水をっ」
話の途中でいきなり手を引っ張られた。よろけた先にいた鷹士さんに抱き留められて痛い思いはしなくて済んだけど……。
「お、お、おうしさっ」
彼の胸元に凭れかかる形になり、慌てて離れようとしたらさらに抱きしめられた。深く拘束するかのようなそれに男の人の力を感じでドクドクと耳の裏から脈動が大きく響く。
「もう、出ていくな」
そっと呟かれた言葉は小さな声だったけど、しっかりと私の鼓膜に届き鼓動と溶け合う。彼の熱い手が私の手を握った。そこには再び嵌めたプラチナの結婚指輪があって、感覚を確かめるように指がなぞる。その瞬間、頭が真っ白になった。でも、自然と唇が動く。
「はい……」
何の抵抗もなく出た声に自分が一番驚いた。同時に少し包まれていた腕の力が緩む。そのかわりに彼の顔が近づいた。
そう思った後には息が止まった。
唇を塞ぐ柔らかくて熱い感触にまた頭が白く塗り潰されて呼吸も忘れた。でも、触れただけなのにそこが敏感になってピリピリと痺れる感覚にドキドキと心臓の音だけが全身に響く。
ゆっくりと離れて見えた瞳は熱で浮かされた時のように潤んでいた。
「おれ……そ……に」
「え……?」
なんて言ったの?と耳を寄せたら、ポスっとそのまま肩に顔を埋めてくる。
こ、こ、こ、今度は甘えてきた!?
どうしよう!と驚いたのも束の間、数秒後にはスースーと安らかな寝息が聞こえてくる。
「……え、ここで寝る?」
思わず「もう、あり得ない!」と文句が口を突いて出てしまう。だけど、全然自分でも怒りがない声音だ。すっかり茹で上がったような顔とだらしなく緩んだ口角が何よりの証拠。
「人の気も知らないで」
ずっと忘れられなかった初恋がいきなり契約婚として実を結んだけど、ほとんど放置されていたから期待も何もせずにいられたのに。一緒に住んで優しいころや律儀なところ、不器用だけど誠実な面を見せられたら、幼い頃に芽吹いた気持ちがどんどん蕾を膨らませていく。せめて花が咲かないように必死で止めていたのに。