一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
私たちが向かったのは先程会長と会ったホテル。
そこでお義父さんは会長と一緒にいると電話で教えてくれた。会長が早々に私たちの離婚を進めようとお義父さんを呼び出したんじゃないか。私たちはすぐに家を出た。
場所は一階の日本料理店だった。
鷹士さんが名前を言えば、係りの人がすぐに座敷に通してくれる。日本庭園が見える部屋で、お義父さんと会長が机を挟んで向かい合わせで座っていた。食事を始めるところなのか、食前酒とお通しが置かれている。会長と目が合うと自ずと昼間のことを思い出して身体が強張った。だけど、すぐに鷹士さんが私を庇うように一歩前に出る。
「ご歓談中に失礼します」
「鷹士、どうしたの?いきなり電話してきて……」
「いくつか確認したいことがあります。まず今日、会長がつぐみに離婚をするよう言ったそうですが」
鷹士さんはお義父さんから自分の祖父である会長へと顔を向ける。
「私は彼女と別れるつもりはありません。新しい婚約も結構です」
「ただのビジネス上の結婚だったんじゃないのか?」
会長の眇めた双眸に鷹士さんは両拳を握り込んだ。
「確かに初めはお互いの利益が一致した結婚でした。でも、今は彼女と共に生きていきたいと思っています」
「つぐみちゃんも?」
「はい」
お義父さんの問いに私もはっきりと頷く。お義父さんは私たちを見て、目を伏せて笑んだ。
「じゃあ、別れる必要はないかもね」
「あとひとつ。父さん」
「ん、何?」
「つぐみと俺は血が繋がっているんですか?」
この問いにはさすがにお義父さんの顔から笑顔が消える。怪訝そうに眉根を寄せた。
「どうしてそう思う?」
「私の母は『愛してる人との約束で鳥の名前にした』って言ってました。鷹士さんの名前もそうなんじゃないですか?」
意を決して私が言えば、お義父さんは合点がいったと小さく笑った。
「そうだね。子供が生まれたら鳥の名前にしようって菜々美と約束したよ」
鈍器で殴られたみたいにその言葉は頭に響く。決定打を打たれた。これで母にも確認して異母兄弟なら……。
覚悟を決めたのに、目の前が真っ暗になる。
「別れません」
沈みかけていた気持ちがその凛とした声に引き戻される。
「どんな繋がりがあろうと、俺はつぐみと一緒にいる。反対しても無駄だし、勘当するならすればいい」
「鷹士さん」
堂々とした彼の背中に声をかけたら、振り向いて私の手を取る。力強く握られたそれは離れないという意思が込められていて、不安で心許なかった足がしっかりと地についている感覚が戻ってくる。
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