彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない
「は、放してください!」

「蔵原さん……こんな人目のあるところで大きな声を出さないでほしいね。それに、ほら手を引かれている女性も結構いるよ」

 このパーティーは貿易関係なので海外の人も結構いる。女性をエスコートしている男性は、女性の腰に手を当てていたり、女性も男性の腕に手を回していたりしているのだ。

 だからといって、私の手を握るのはおかしい。

 この人はこうやって会社から離れると、セクハラまがいのことを平気でする。

 しかし、私も我慢の限界だった。

「やめてください、どうしてこんなことを……」

 本部長の手が背中に回った。気持ち悪い、私は吐き気がしてきた。目の前が涙でかすむ。

「やめて、嫌!」

 抱きしめられそうになった時、私の腕をぐっと引いて、本部長との間に立った人がいた。

 背中しか見えなかった。濃紺のスーツの背の高い男性だった。

「招待状が落ちましたよ」

 そういって、彼はしゃがむと招待状を拾って本部長に差し出した。

「どうぞ」

「どうも……」

「よろしければご案内させてください。そろそろ開始時間です」

 横顔しか見えなかったが、とても整った顔立ちの人だった。彼は本部長を促しながら、私の顔を見て合図を送ってきた。

 大きな目で私に行けと合図している。さらに今度はまた本部長との間に入って、私に背中を向けた。

 後ろ手にしっしっと追い払うように手を動かす。私を助けようとしてくれているのだとわかった。

 私はその彼に小さく頭を下げると、静かに一歩下がった。

 本部長がそれに気づいて私のほうへ身体を向けた瞬間、彼が一歩前にでて、壁になった。

「さあ、受付に行きましょう」

 本部長は諦めたのか、その彼の顔を見上げてため息をついた。

 後ろから見ると背が高い人なんだとわかった。

 早く行けと言われたのに、結局彼を後ろからじっと見つめてしまっていた。
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