彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない
 私の家族は母と年の離れた中学生の弟。父は海外勤務中の事故で突然亡くなった。

 弟は小学生だったが、母はショックでパニック障害を起こすことが多くなった。

 私は大学を中退して、父が働いていた会社の子会社で雇ってもらうことに決まった。

 それがこの蓮見ロジスティックスという会社だ。

 貿易事務だけだったのだが、半年前に本部長が本社からここへ来て、庶務を手伝うよう言われてこうなった。

「来週の仕事、税関の書類は君が責任もって全部準備していってね。田沼さんだけじゃ、また漏れがあると心配だからね」

「わかりました。一緒にやっておきます」

「休み明けから本部長の庶務は、全部高木君にやってもらえるよう仕事は再編しておくから、安心していいよ」

「ありがとうございます」

「いや、本当にすまなかった」

 灰原部長はまた謝ってくれた。部長は悪くない。私は部屋を出た。

「蔵原さん!とうとう申告したんですね」

「うん。今まで心配かけてごめんね」

 二年後輩の田沼さんが眼鏡をかけなおして興奮しながら話しかけてきた。

 彼女は私がセクハラにあっているのを目撃してから、何度か間に入って助けてくれたのだ。

 この間なんて、急に実はキックボクシングを習っていると本部長に教えて、目の前でシャドウボクシングをして見せた。

 すると、本部長は驚いて目を剥いていた。彼女の意図するところがわかったらしい。

 だから、それ以降私の隣の田沼さんのいるところで何かすることはなかった。

 私も本部長とふたりきりにならないよう、フロアで話を聞くようにしていたからだ。

「蔵原さん。部長はなんて言ってました?」
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