彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない
 * * *

 その日、久しぶりに日本の本庁へ出社した。

「藤堂久しぶりだな。戻るなら言っておけよ。明日帰るんだったら自宅へは戻らないのか?奢るから飲みに行こうぜ」

 アジア局同期の篠原に声をかけられた。

「ああ、久しぶり。悪いが夜は予定がある。また今度な」

「何それ?里香ちゃんに何か頼まれた?それとも……もしかして女優とよりを戻した?」

 僕は驚いて篠原を見た。

「何を言ってる?」

 彼は僕を手招きすると、外に出た。

「お前、原口日奈とつきあってたんだってね」

 驚いた。誰にも話していなかったのになぜ?

「……誰から聞いたんだ?それは学生時代の話で、もうとっくに別れてる」

「この間野原参事官から誘われて飲んだ時、内緒で聞いた。安心しろ、誰にも話してない。彼女の事務所に数年前手を切れって言われて別れたんだってな。それでもう一度つきあうって本当か?」

 参事官は僕ら同期が入庁した当時、お世話になった先輩だ。篠原と僕が親しいのを知っていて、話したのかもしれない。

「馬鹿を言うな!そんな気はみじんもない。それに、僕は今別な彼女がいる」

「え?!まじかよ……ふたりはいい感じで復縁もありそうだとか言ってたぞ」

「彼女が文化親善大使になったので仕事で再会したんだ。ここだけの話、実は最近彼女に復縁を迫られたが、すぐ断った」

 ふーんといいながら、篠原は腕を組んだ。

「原口日奈の事務所は古典芸能のバックアップもしていて、欧州局以外でもあの事務所は文化庁経由でうちと仕事がある」

「そうだったのか……」

「事務所としても外務省につてがあるなら利用しやすいと思っているんだろう。お前と交際してほしいのかもしれないな」

「国際派女優になりたいのは彼女の夢だ。仕事でのかかわりを断るつもりはないが、プライベートで交際するつもりは全くない」

「しかし、仕事でのかかわりは増える一方じゃないのか?カンヌ出品作に主要キャストで出ると参事官から聞いた」

「……ああ……」

 篠原は俺の暗い顔を見て、話を変えた。

「それにしても、いつ新しい彼女が出来たんだよ。あっちの日本人か?」

「いや、日本の仕事で一緒になって、イギリスで偶然再会した人だ」

「へえー、運命的だな。今度ゆっくり聞かせろよ」

「わかった。そうだ、もし原口とのことを誰かに聞かれたら、否定しておいてくれ」

「了解」
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