花かげに咲く、ひとひらの恋
何も見なかったふりをして、何も知らなかったふりをして、ひとり、部屋に戻った。

心に、なにも触れないように。

一時が過ぎた頃だっただろうか。

私の部屋の扉が、音もなく開いた。

灯りを消したままの寝所に、ひとりの影が近づいてくる。

やがて、その人は私の横に静かに寝そべった。

「……寝たのか。」

低く、凛とした声。

――皇帝陛下だった。

「うん……」

私は目を閉じたまま、わざと小さく寝息を立てた。

心臓が跳ねる音が、聞こえてしまいそうだった。

「待ち疲れたか。」

陛下はそう呟くと、私の背に腕を回し、そっと後ろから抱きしめてきた。

優しすぎない、けれど突き放しもしない――

なんとも言えない、絶妙な力加減。

だからこそ、それが苦しかった。

私の想いを知っていて、抱かれるのではない。

霞様でなければならない方が、私をただ“妃として扱う”ために来たのだ。
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