夜を導く光、それは赤い極道でした。

【第5話】心の扉


「おやつがあるーよー!でてきてよー!」

 
「え?え?澪、何してるの?」
 
「ご存知ない?あるヒロインの頑なな心の隙間をついて誘惑した伝説の呪文です。MP消費ゼロ!地道にレベルアップするよりお手頃で使えます」

「いや、知らないけど……」

「それなら幸運ですね。今知ることができて」

 戸惑う松野を他所に澪は歌い続ける。ワンフレーズだけを永遠に。
 
「おやつがあるーよー!でてきてよー!おやつがあるーよー!でてきてよー!」

「まって、澪。ねぇ、まって?」

 騒音にも等しい澪の歌に、さすがに松野がストップをかけようとした時。



 

 ──目の前の扉が、ゆっくりと開いた。


 


「うるさいんだけど」

 そこに現れたのは、長い綺麗な黒髪が印象的な女性。鋭い目つきは意思の強さを感じさせる。この人が松野の妻なのかとマジマジと見つめる澪。

 
 
「でてきた!ほら、効果抜群でしょ?」

「……なに?この子ども」

「どうも、おはようございます。あなたに素敵なハートをお届けするミオデリバリーです」

「はぁ?」

「ちょっと、澪」

 松野が慌てて澪を止めると、女性の視線が澪から松野へと向けられる。その眼差しは、鋭い。

「なに?あなたの差し金?ずいぶん回りくどいやり方するじゃない」

「いえ、(しおり)さん俺はっ……」

 松野が呼んだ栞という名前。それが女性の名前かと澪が思っているうちに、二人の話は進んでいく。

「私、いらないって言ってるよね?それ。話も覚えられない駄犬なの?」

「でも、栞さん何も食べないじゃないですか。心配で……」

「あなたたちが用意した物をおいそれと口にするわけないでしょう?食材の無駄だから、二度としないで」

「っ……でも、俺は」

「聞こえなかった?それとも、私の話を聞く気もない?」

「……いえ、わかりました」

 松野が小さく息を吐く。堪えるように、トレーを持つ手に力を入れる。澪はその姿を見ていて、ここもまた歪んだ愛の形なのかと思わずにはいられない。

 極道の世界は小説で読むのとはまた違う、殺伐とした現実がそこにある。許されぬ愛で結ばれて幸せに……そんなハッピーエンドはないのだと、落胆してしまう。


 

「まっつんは、すっごく優しいですよ」

 だから、伝わってほしい。

「栞さん?ですよね?あなたのことを想って、想い続けて、自分の気持ちを我慢するような……優しい人です」

 澪は栞へと真っ直ぐに語りかける。臆することもなく、ただ真摯に。栞は、そんな澪の態度に眉根を寄せて顔を歪めた。

「だから、何?あなたには関係ないでしょ」

「えー?そうですか?そりゃあ夫婦のことに首をつっこむのは野暮ですけど。まっつんは大切な人ですから」

 澪は曇りなき眼で、心を紡ぐ。

 

「──幸せに、笑っていてほしい」

「っ……」

「それを願うことは、止められませんね。だから、部外者でもお許しください」
 

 責めるわけでない。ただ、これが偽りない想い。それを伝えただけ。澪の言葉に栞が不機嫌そうな顔をする。それを見た松野は眉を下げて「澪」と呼びかけた。

「行こう」

「よろしいんですか?」

「……うん、大丈夫」

 目を細める松野は、もう一度だけ栞を見つめて……何も唱えずに踵を返した。松野本人がいいというなら自分はこれ以上は何も言うことはない。ついていこうと澪も歩き出した。

 

「────、」

「はい?」

 その時、何か聞こえた気がして澪は音の方に視線を向ける。そこにいるのは、松野の嫁である栞。その顔は、鋭く。けれど、悲痛な面持ちで……

 

「……知ってるわよ、そんなこと」

 まるで、何かを必死に堪えるような表情だった。

 

「あの……栞さんって、まっつんのことは好きなんです?」

「……なんで?」

「んー?これは勝手な予想なんですけど。私にはすっごくデジャブなんですよね」

「なにが?」


 

「好きな子に素直になれない小学生男子?」

 

「はぁ?」

 澪の発言を聞いた栞は明らかに険しい顔つきになった。けれど澪がそれを気にするわけはない。

「いや、違うなら申し訳ないんですけどね。なんだか似たような反応をする人が身近にいまして最近」

「そいつと私が同じってこと?」

「まあ、その人はlikeだとは思いますが。あなたはLoveでしょう?」

 澪の頭に思い浮かぶのは、緋色の瞳の彼。ここにきてよく話をし、助けてくれている相手。澪にとっては年も近く、気兼ねなく会話ができる人。
 嫌われてはいないと断言できる。そういえば、一日一回話し相手になってくれるそうだが、いつきてくれるのだろう。



「……なんで、そう思うの?」


 そんな風に思っていると、問いかけられる。澪は栞を見つめる。そして、思うままに唱えた。


 

「え?だって、ずっと悲しそうな顔してるじゃないですか?」


 
 澪の言葉に栞は目を丸くする。その後に、もう一度顔を歪ませて……扉を閉めた。

 物理的に閉まったそれは、彼女の心の扉も閉じられたようで。

 澪は少し胸をざわつかせる。

「澪ー?」

「はーい」

 何も知らない松野に呼ばれて、澪は小走りにその後を追いかけた。


 ────

 扉の向こう
 届かなかった言葉たちが
 静かに揺れている

 それでも私は
 信じたい

 想いは
 きっと、どこかで届くって


 Fin
 
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