夜を導く光、それは赤い極道でした。

【第2話】愛の定義、未満


「……愛って、なんなんでしょう」

「はぁ?」

 真次郎は驚いたように声を上げると澪の顔を覗き込む。しかし澪は続く言葉を考えているのか、黙ったまま。

「マジでどうした」

「……笑いません?」

 澪が呟くと真次郎は眉根を寄せて、澪を見返す。そして小さく息を吐いた後、真剣な眼差しを澪に向けた。

「笑うかよ」

 真次郎の返答に安堵したように澪は微笑むと、静かに語り始めた。それはまるで独り言のようで、けれど自分の中の考えを整理したいというようで、この疑問を誰かに聞いてほしいという願いも込められていた。

「私、愛がよくわからないんです」

「……なんで?」

 真次郎は澪を真っ直ぐ見つめて問いかける。茶化す様子など微塵もなかった。だからか、澪は自然と言葉が出てきたのかもしれない。

「私はずっと、誰かを求めるとか、そんなのしたことなかったんです。望んでも、消えてなくなる。無意味なことだと、思ってます」

 澪は何かを思い出すように静かに言葉を紡ぐ。

 呼んでも、返事なんてこなくて。
 何度も名前を言って、喉がかれるまで叫んで……
 それでも、誰もこっちを見てくれなかった。

 その()()の感情を呼び起こすように、嘆きを吐き出すように。

 

「どれだけ呼んでも、声を張り上げても、こちらを向いてない人には届かない。だから、それなら……はじめから期待しなければいいって」

 淡々と話す声音は冷たく。けれど、怒りも端々に感じ取れる。全体的にはとてつもなく暗い色をしていて、その中に鮮やかな感情を落としてあるような、そんな音色。

「でも周りは、好きな相手と共にいることを望んでいて。ずっと隣に居続けるための方法を模索して、それを願って。叶えば幸せそうで」

 澪は、これまでの考えをまとめながら、ただ語り続ける。

「それが、愛することなのかなって。でも自分じゃわからないから、ドラマとか映画とか、ネット小説とか。それこそ乙女ゲームとか!好きあった二人が永遠に結ばれる素敵な物語……その通りにすれば間違いないって、そう思えてたんです」

 澪は真次郎に顔を向ける。その瞳は、困惑と焦燥が入り混じる。まるで、大きな迷子のような表情。

「ずっと一緒にいたいとか、その人に近づきたいとか、同じ気持ちになって、同じように笑ったり泣いたりして……」

 澪は、本当にわからないという顔つきで真次郎に告げる。

「そうやって一つになるのが、愛じゃないのかなって」

 知らないから、経験してないから、そこにたどり着けない。

 現実世界の愛なんて澪にわかるわけがない。全て、御伽話の世界の、綺麗なままのハッピーエンドの愛しか澪は知らない。

「でも、千代子ママやまっつんのところを見ていたら……なんだか違うような気もして。自分の中で形になっていた愛が、よくわからなくなったんです」

 澪は思ったままを真次郎にぶつけた。自分の中の疑念を解消したくて。そんな、身勝手な自己満足の欲を。


 

「……これは、持論だけど」

 低く、それでも温もりのある声が澪を包む。

「愛って、与えるもんじゃね?」

「……どういうことです?」

 澪は真次郎を見つめる。その瞳は不思議そうに困惑の色を宿していた。

 

「見返りを求めないってことだよ」
 

 真次郎はそう言って、微笑む。それは慈愛に満ちたもので、確かな愛を含んでいて。だからか澪の中にも、その言葉はストンと染み込む。

「求めないことが……愛……?」

「おまえには、まだまだわかんないだろうけど」

「失礼ですね。私にもわかる……わか、る……んーー?」

「ほら、無理じゃん」

 真次郎は笑う。澪はその表情を見て、胸の奥がキュンとなった。前にも感じたもの。どうして、そう思うのか。まじまじと見つめてしまう。

 その視線に堪えられなかったのか、真次郎は澪の顔の前に手を出して視界を覆った。

「ちょっと、何も見えませんよ」

「見なくていいから」

「なぜです?今、何かわかりそうなんですよ、たぶん」

「絶対無理だろ、それ。つか、わかんなくていいよ」


 


 “どうせ、意味ないし”


 
 

 真次郎はボソッと呟いた。
 澪は首を傾げる。少し見えた先にある彼の表情は、諦めだった。

「ジロ、どうしたんです?泣きます?」

「泣くか」

「私と想い通じ合わせます?幸せになれるはずですよ、乙女ゲームのセオリーなら。それが王道展開!」

「ほんと、おまえ……愛がわかんねーとか言ってたのに、よく言うぜ」

「今から習得すれば、間に合います」

「何にだよ」

「えー、エンディング?」

「ほんっと、アホだな」

 真次郎の手から逃れた澪が紡ぐ言葉。それに対して真次郎はバカにするように笑うだけ。

「王道展開なんて、()()()現実じゃ無理なんだよ」

「まっつんも、です?」

「あいつは……知らね。自分でそれを選んだんだから」

「でも、まっつんも栞さんも互いを想いあっていましたよ」

「まっつんはわかるけど、栞さん(あの人)が?」

「ジロと同じですよ。素直になれない小学生男子、です」

 澪は悪気なく唱える。真次郎が眉根を寄せても、気にしない。

 

「もったいないですね、奇跡みたいなものでしょうに」


 澪の言葉に真次郎は応えない。ただ、ため息を吐いて澪の肩を軽く押す。

「もう、寝ろ」

「終わりです?もっとお喋りしたいのでは?」

「は?おまえがだろ?」

「んー、そうですね。私はしたいですよ?」

「……ほんっと、そういうとこ」

 真次郎は、眉を下げて笑うと澪を部屋の中に押し込んだ。

「……おやすみ」

 耳元で、そう、唱えて────。
 ひどく、優しい声音で。



 閉まる扉。遠のく足音。澪はただ、その場に立ったまま。

 真次郎の声が耳に残っているような不思議な感覚でいた。

 また、胸の奥が……キュンとした。


 明日も来てくれるだろうか。
 それだけで、今日はよく眠れそうな気がした。


 ────

 それが愛かと問う前に、
 誰かの名を呼びたくなった。
 答えなんてまだ知らない。
 でも、ぬくもりに、触れたいと思った。



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