夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第7話】幸せは、ポトフの味がした
「ねぇ、澪。そういえばさ愛を受け入れたってなに?」
先程の澪の発言が気にかかっていたのか、松野はこのタイミングで問いかける。
「そのまんまですよ?私、求愛したので」
「は?」
「まっつんは練習と宣言してたそうですから、実質私が栞さんに求愛をした初の人間ですよ」
「え、なに?なんの話?」
「わかりませんか?りんごですよ」
「ワルツでしょ」
澪のボケた発言を思わず訂正した栞。口にした途端、ハッとなるも時すでに遅し。松野は目を丸くして「ワルツ……?」と小さく唱えた。
「ねぇ、栞さんそれって」
「なんでもないから」
「っ……」
跳ね除けられる松野は、言葉に詰まる。その様子をポトフをのにんじんを食べながら見ていた澪。咀嚼し飲み込んでから、少し立ち上がると松野を手で呼び寄せる。少し屈んだところで、その額にデコピンを一つ。
「いった!!」
「アホですか。まっつん乙女ゲー初心者ですか?」
澪は淡々と松野に向けて紡ぐ。
「扉から出てきたんですよ?」
「澪っ……」
「もう、彼女の気持ちは……あなたになら伝わっているでしょう」
澪はソーセージにかぶりつく。もう我関せずという風で、美味しいポトフに夢中だ。そんな澪を眺めてから、松野は栞へと視線を向ける。
目の前で座って、自分の手料理を口にする愛おしい相手を。
「栞さん、あの……俺はずっと、あなたに無理をさせていると思っていました」
「なにそれ?私が仕方なくあなたの妻になったってこと?3年も我慢をし続けて?バカにしてるの?」
「そんなことは、ですが……」
松野は言葉をそれ以上紡げない。どうしても最後の決定的な一歩を躊躇う。これ以上傷つきたくない、それならばずっと我慢をし続けて……
「──この狭い中で、幸せになりたいのよ」
ぽつりと、耳に届く声音。それを唱えたのは目の前の松野の想い人。
「たとえ練習相手として、なんて……弱気なことを聞かされても」
「え、それって……」
「……言わせないで」
栞は顔を背ける。松野から見えるその横顔。白い肌に赤く染まる耳。言葉ではなく、態度で示される想いに松野は唇をぎゅっと結んで、微笑む。
「次は、何を作りましょうか?」
「食べるかわからないわよ」
「それでもいいんです。あなたのために、俺がしたいだけですから」
「……ばっかみたい」
「はい、大馬鹿者です」
罵られているのに、うれしそうに笑う松野。その松野を見つめて、彼の作った料理を口にする栞。
そこには確かに、この2人にしかわからない幸せな世界がある。
澪は食べ終わると台所の外で待ち構える久我山と目が合う。2人の邪魔をしないように「ごちそうさまでしたー」とさっさと席を立つと、廊下に出た。
「くーちゃん。見ました?私の活躍」
「まあ、子どもならではの、引っ掻き回し具合だったな」
「またまたぁ、もっと褒めてください讃えてください」
「調子のんな」
頭を軽く叩かれて、澪は「痛いです」と文句を言う。それを見て笑う久我山。2人はそのまま、台所から遠ざかって行った。
******
「それにしても、この世界は恋をするにも一苦労なんですね」
屋敷の大広間。そこのふかふかのソファーに沈む澪。向かいに腰掛ける久我山は上品の欠片もない澪を見てため息を吐く。
「おまえはどこでも無理そうだけどな」
「失礼な。私は将来シンデレラを夢見る乙女ですよ?」
「それが無理な話だろ。あのな?おまえみたいにピーチクパーチクうるさい奴は誰も求めてねぇんだよ。とくにこの世界の奴らは女は淑やかにってのを望んでんだ」
「うんうん、くーちゃんも?」
「俺は恋愛とか興味ねぇよ。邪魔なだけだ」
「わーお。漢気溢れますねぇ。でも私がくーちゃんにLoveしたらどうするんです?こんなに一緒にいたら間違いも生まれますよ」
「安心しろ、ねぇよ」
「うーん、まだまだ私の魅力がくーちゃんには理解できませんでしたか」
「全人類が理解できねぇから大丈夫だ」
「なるほど、時代はまだ私に追いついていない、と」
「おまえ、本当にアホだな」
呆れて面倒になったのか久我山は話を終わらせる。しかし、澪が聞くわけがない。
「いつか王子様、きてくれますかねぇ」
「ここにいる限り無理だろ」
「ですよねぇ……かぼちゃの馬車さん私を舞踏会に連れてってくださいな」
「知るか。かぼちゃじゃねぇわ」
「ならチョコが欲しいのでコンビニに連れてってください。それなら可能でしょう?」
澪の言葉に怪訝そうな顔をする久我山は、大きなため息を吐くとソファーから立ち上がる。
「車回してくんから、待ってろ」
「わーい、さっすがくーちゃん。あ、車の色はオレンジですか?」
「ふざけんな黒だわ」
くだらない会話に真面目に返しながら、久我山は去っていく。澪は呼ばれるまでここにいようと、ソファーにさらに沈んだ。
冗談で唱えるシンデレラという夢。かぼちゃの馬車を久我山に見立てるのは意外と冴えてるのでは?と感心する。それならば、王子様も誰かしらに当てはまるかもしれない。
澪はここの人の顔を思い浮かべ思案する。
ふと、1人だけ……自分の心にヒットする相手。
王子様という柄ではないが、きっと楽しい生活は送れるのだろう。そんな風に思える人。
「──今日は話には、いつくるのかなぁ?」
待ち望んでいるから、澪はそんなことを呟く。久我山の声が聞こえる。立ち上がり、声の呼ぶ方へ駆け出した。
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愛されてるって、
気づくまでが長かった。
笑えるようになるまで、
一緒に食べられるようになるまで、
何杯のスープを、
すれ違いで冷ましたんだろう。
それでも今、
熱々をすくえるこの時間が、
やっぱり、しあわせだった。
Fin