夜を導く光、それは赤い極道でした。

【第5話】女子会前夜、約束は風の中


 そんな、凛の思惑など知る由もない澪。頭に思い浮かべる人。それは、自分の中でも王子様とはと考えた際に上がった相手。

「王子様という柄ではありませんが、一緒にいて楽しい人はいますね」

「へぇ?」

「私のことをアホとか言いますが、話を聞いてくれて……」

「うんうん」

「ピンチの時に助けてくれた人です」

 澪の中ではただ1人。緋色の瞳の彼のこと。しかし、澪と真次郎の繋がりを知らない凛は別の人物を思い浮かべた。澪の身近にいて、アホとか言うような……そんな人物、1人しか思いつかない。

「……澪、それは憧れってやつやんな?好きとかちゃうんやろ?」

「え?好き……?好きは好きですよ」

「……まあ、ええ奴やと思うけどな。けどあいつと澪は、ちょっとちゃうやろなぁ」

「そんなにですか?」

「年上がよく見えるのはわかる。わかるで?確かにええ奴なんは、間違いない。真面目やし。顔もええ。でもなぁ、それにしてもなぁ……」

 凛は悩み出した。完全に相手を勘違いしているが、それは澪には伝わらない。だからこそ、澪は首を傾げる。真次郎は20歳と言っていたが、そんなに離れているという感覚はなかったからだ。

「でも、一緒にいて楽しいなと思うのは本当ですよ?」

「楽しいは大事や。そらそう……あー、あかんなぁ。藪蛇みたいになってもうたどないしよ」

 ぶつぶつ呟く凛に澪は不思議そうにするだけ。そんなにダメな相手なのかと。王子様には無理な人材だったかと考えている時に、あ、と思い出す。

「そういえば、一日一回は話相手になるって約束がありまして」

「は?わざわざ?時間とるような感じなん?」

「今日はまだなんですよね」

「ちゅうことは、これからくるかもってこと?」

「おそらく?」

「……あかん」

「へ?」

「あかんで、澪。ここにおったらあかん。私がまだ考えまとまっとらんから。場所かえんで」

 凛は澪の手を取り部屋を出ていく。何が何だかわからないまま、凛に連れられて澪は屋敷内を歩いた。


 ******
 
  

「──あら、こんな遅くにどちらへ?」

 背後から静かにかかる声。振り向けば微笑み浮かべた人。

「千代子ママ!」

「澪ちゃんと姐さんが一緒にいるのは、なんだか新鮮ね」

「連行されてるんです」

「ちょ、言葉のチョイスおかしいやん。澪のため、私のために今はまだボスに挑んだらあかんねん」

「ボス?」

「澪の王子様や。部屋にくるかも言うから引き離したんねん」

「えーと?どうしてかしら?」

「年齢差がありすぎんねん、いったん冷静にならなあかん。一緒におって楽しくて、助けてくれる相手とか言うんやで?」

「それって、もしかして……」

 千代子に凛は険しい顔で頷く。2人は澪へと視線を向けた。澪は澪で2人が何を話しているのか、よくわからないから首を傾げるしかない。

「……確かに、大人と未成年はまずいわ」

「せやろ?澪が20歳なってたらともかく今はあかん」

「私が20歳なら確かにちょうどいいですよね」

「それでも年齢差は縮まらんけどな!」

「それで?どこに行こうとしていたの?」

「とりあえず澪の部屋から遠くに行こかなって、もういっそ屋敷から出てけばええかな」

「え、おでかけですか?」

 凛の言葉に声を弾ませる澪。この屋敷で過ごして、学校とコンビニくらいしか外出はまだしていないから、新たなイベントの予感にワクワクしてしまう。

「夜のおでかけ……なんだか不良みたいですね」

「まあ子どもは寝る時間やしな」

「澪ちゃんを連れて今から外は少し心配だわ。……そうだ、私も一緒に行けば安心ね」

 ニコニコしながら頷く千代子に、凛は「たしかに」と承諾し、どこへ行こうかの話を始める。

「個室がええんよなぁ。ファミレスとかやとそれができんし」

「居酒屋というわけにもいかないわね」

「澪はどっか行きたいとこあるん?」

「私はアイスが食べたいです」

「アイスなら、カラオケにもあるわね」

「ほな、そこでええやん」

 話がまとまりかけた時、澪が2人の手を取る。そしてそのままある場所へ向けて進み出した。

「どこいくねん」

「どうせならもう1人誘いましょう」

「もう1人って?」

「ツンデレの女性。略してツンデレディです」

 澪の言葉に凛と千代子は互いに顔を見合わせる。この屋敷でレディというなら残るはあと1人。
 

 ******


「──で、なんで私があんた達と一緒に行かなきゃなんないの」

 案の定、澪が誘いたかったのは栞だった。ノックでは応答がないため、お決まりの呪文を唱えて呼び出したその方法に、凛と千代子は笑ってしまう。

 栞はまさか澪の他にも人がいるとは思わず、顔を険しくするばかり。

「カラオケですよ。女子だらけで、語り合う尊い時間です」

「何を語るのよ」

「恋バナとか?恋バナとか?恋バナ、とか?」

「全部同じやん」

 すかさず澪に凛がつっこめば、栞の視線はそちらへ。ため息を吐いて今にも文句を言い出しそうな雰囲気に凛は「まあまあ」と宥める。

「ええやん。せっかくやし。こういう機会もあんまないねんから」

「……」

「きっと楽しいわ。しおりん」

「しおりんって呼ばないで!」

「その呼び名可愛いですね。行きましょう、しおりん!」

「だから呼ばないでって……ちょっと!」

 澪が栞の手を掴み外へ引っ張り出すとその両脇を固める凛と千代子。女子4人はそのまま屋敷の外へと向かって行った。

 澪は無意識に笑っていた。
 
「──なんだか、こういうの、初めてかもしれません」

 

 澪は久我山との約束をすっかり忘れていた。

 

 “外に出る時は必ず連絡”

 

 もっといえば、位置情報がわかるスマホすらも……部屋に置いたままであった。
 

 澪が部屋を出てから、わずか数分後。スマホの画面に「くーちゃん」の名前が表示されていた。


 ────

 夜が笑う。
 まるで何も知らないふりで、
 少女たちをカラフルな箱へと誘う。

 歌えば無敵、笑えば自由。
 でも“王子様”はもう、城にいない。

 足音は届かない。
 スマホは、もう鳴らない。

 だけど、まだ誰も知らない。
 この夜が、始まりだったことを──。
 

 Fin
 
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